2019.05.23

【特別対談】『青野くんに触りたいから死にたい』椎名うみ × 『ハピネス』押見修造 インタビュー!【前編】

狂気といえるほど純粋な恋が、多くの読者の心をざわめかせてきた、椎名うみ先生の『青野くんに触りたいから死にたい』。待望の第5巻発売を記念して、お互いに大ファンだという、椎名先生と押見修造先生との対談が実現!

『青野くんに触りたいから死にたい』 5巻書影

『青野くんに触りたいから死にたい』:優里の初めての彼氏・青野くんは、付き合って2週間で、死んだ。幽霊として現れた青野くんは、「生きているから君に触れない」と死のうとする優里に「君のそばにずっといるから」と約束し、二人の恋が新たにスタートする。だが青野くんは時おり別人のような不穏さを見せ、優里の体に入る機会を狙うようになる……。

現在『血の轍』も連載中の押見先生は、『ハピネス』を完結させたばかりです。

『ハピネス』 10巻書影

『ハピネス』:謎の少女に襲われ、決断を迫られたあの夜──。幸せでも、不幸でもなかった僕のありきたりな日常は、跡形もなく壊れてしまった…。首筋に残った“傷”。何かを求めて、止まない“渇き”。冴えない高校生だった、岡崎を待ち受ける運命とは…!?

3日間こもって押見作品を読み、考え続けてきたという言葉通り、愛あふれる鋭い分析を繰り出す、椎名先生。

また、早くから『青野くん』を愛読していた押見先生も「天才」作家・椎名うみへの尊敬を何度も口にし、「久しぶりに、こんなにおもしろい会話をしています」と熱を帯びていくほど。

前編の話の肝になったのは、「性の目覚め」「陵辱」!? 「性癖」と、漫画家としての「本質」がごく近いところにある二人だからこそ語り合えた、魂ふるえるスペシャル対談、始まります!

(取材・文:門倉紫麻/編集:八木光平

椎名うみ

神奈川県出身。2014年「ボインちゃん」で「アフタヌーン四季賞」を受賞。2015年「アフタヌーン」にて同作でデビュー。短編「セーラー服を燃やして」「崖際のワルツ」(短編集『崖際のワルツ』所収)を発表した後、2016年「アフタヌーン」で『青野くんに触りたいから死にたい』を連載開始。公式サイトに掲載された第1話は30万PVを突破し、コミックス発売前から大きな話題に。

押見修造

1981年群馬県出身。2003年「スーパーフライ」で「別冊ヤングマガジン」にてデビュー。『漂流ネットカフェ』はテレビドラマ化、『スイートプールサイド』『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が映画化された。テレビアニメ化された『悪の華』は、2019年映画化が決定している。現在「ビッグコミックスペリオール」にて『血の轍』を連載中。ほかの作品に『ぼくは麻里のなか』『ハピネス』など。

優里ちゃんが「ちゃんとエッチ」な理由

椎名うみ先生(以下、椎名):よろしくお願いします。すごく緊張しています……。

押見修造先生(以下、押見):よろしくお願いします! 椎名さんは、漫画家との対談は結構やられるんですか?

椎名:初めてです……。

押見:それは光栄です。ご指名いただいてありがとうございます。

椎名:こちらこそありがとうございます!(せき込みながら)震えが止まらない……。

押見:(笑)

──押見さんが、『青野くんに触りたいから死にたい』のファンだということは、椎名さんはご存知でしたか?

椎名先生の担当編集(以下、担当):押見さんの担当編集の方から、「押見さんがすごくほめてたよ!」というのを聞いたのが最初でしたよね。

椎名:そうです! すごく嬉しかったです。

──椎名さんはいつごろから押見さんのファンでいらっしゃいますか?

椎名:あの……私、漫画を描く前にフリーターをやっていた時期があって。バイト帰りに本屋さんに寄ったら『惡の華』の3巻が発売されていたんです。そこからずっと読んでいます。

押見:ありがとうございます。漫画は少女漫画、青年漫画問わず、たくさん読むんですか?

椎名:はい、読みます。押見さんは読まれますか?

押見:まあまあですかね。

──思春期はガロ系のものを中心に読まれていたとか。

押見:そうですね。林静一先生から入った感じだったので。

椎名:私は小学生の時は「りぼん」しか読んでいなくて。

押見:特に好きだった漫画はあるんですか?

椎名:何かな……どうしよう……。

担当:以前聞いた時、結構どエンタメな作品を挙げていましたよね。種村有菜先生とか。

椎名:そうです! 私が小学3年生くらいの時、“ありなっち”(種村先生の愛称)の作品を読んで、クラスメイトのみんなで盛り上がって。でも「ありなっちはエッチなところがちょっとねえ……」とか言ったりするんですよ。ほんとうはそこが大好きなのに(笑)。小6とか中1くらいになると「エロいの最高!」となってくるんですけど、小3、4くらいだと斜に構えるというか。

押見:わかります。うちの娘が今小5なので、少し前までそういう感じでした。男子だと中1くらいでもまだ斜に構えている時期だと思うんですけど、女の子は早いですね。

椎名:中1の時は、お兄ちゃんの『ふたりエッチ』を学校に持ってきている子がいて、それが授業中にまわっていました。私は隣の子が読んでいるのを横目で見て、すごくショックを受けて。本当にエロい漫画を読んだのが初めてだったので。

押見:はっきり覚えてるんですね、その衝撃を。

椎名:覚えてます。でも借りるのが恥ずかしかったので、近所の古本屋さんで買いました。どうしても読みたくて

押見:素晴らしいですね。感動的な話です(笑)。

椎名:クローゼットの中に、表紙を裏返しにした、巻が飛び飛びの『ふたりエッチ』がありました。押見さんが初めて読んだエロ漫画は何ですか?

押見:なんですかね……「コミックボンボン」が好きだったんですよ。それに『元祖温泉ガッパドンバ』っていうちょっとエッチな漫画が載っていて。「女の子の裸がつるつるだ!」と驚きました。小3くらいだったかなあ、それが最初だと思います。

でもこれは厳密にいうとエロ漫画ではないですよね……エロ漫画だと中1くらいで親の本棚を探るようになってから読んだ『奴隷戦士マヤ』ですね。「こんなものを描いていいんだ!」とすごいショックでした。天地がひっくり返るくらいの。

椎名:ひっくり返りますよね。私の性的なファーストひっくり返りは小4の保健の授業でした。男女が別れて授業をして……生徒たちが、異様な空気なんですよ。「ちょっと私たちは違う世界にきたぞ」と思っていました。それまでは男の人と女の人が裸になって一緒の布団で寝たら赤ちゃんができる、と思っていたんですよ。それも間違ってはいないんですけど、ちょっとおかしいなとは思っていて。

押見:なにか秘密がありそうだぞと。

椎名:はい。その授業で「男の人が、女の人に入るとできるんですよ」と先生が言ったことが、ものすごくショックでした。学校の帰り道に「こんなに恐ろしいことをするなんて! 私は一生セックスしない!」と思いましたね。でも中1で『ふたりエッチ』が読みたくてたまらなくなるので、心に誓ったのは短い時間でしたが(笑)。

押見:でも子どものころの2、3年は長いですよ。いろんな葛藤があるし。

椎名:すみません、緊張しているので、こんな話をしてしまって……家に帰って後悔すると思います……。

押見:いえ、むちゃくちゃおもしろいです。『青野くん』にも通じる話だと思いますし。

椎名:本当ですか!?

押見「学校」と「性」の話ですよね。セックスをすごく恐ろしいものだと思うところだとか、ちゃんと「優里ちゃんがエッチな理由」というのは、こういう体験から来ているんだなあと思って興味深く聞いていました。

椎名:自分が読んでいて漫画にエロいシーンが入っているととってもうれしいんですよね。ボーナスポイントみたいな(笑)。なので描いていても楽しいんです。

押見:僕は椎名さんのようにまっすぐなエロシーンは描けないので、うらやましいなと思います。

椎名:えっ! 押見さんがまっすぐじゃないこと、ありました?

押見:いや、エロいシーンはありますけど、まっすぐではないというか。『青野くん』は健康的な感じがするんですよ。

椎名:健康的ですか! 確かに押見さんのエロいシーンは不健康な感じがします(笑)。

押見:そうでしょう。健康になりたいんですけど、なれないんです。

椎名不健康で……でもあまりにも正直だなと思うんですよ。あの……すごく勝手な私のイメージなんですけど、先生の作品を読んでいると、14歳くらいの女の子がキャミソール一枚で、裸足のまま、人が行き交う路上に立っているみたいな危うい感じを覚えるんです。

押見:いやあ……ありがとうございます。光栄です。裸足で立っている14歳の女の子になりたいんですけど、僕は男なのでなれないじゃないですか。だから漫画を通じてなりたいんですよ。

椎名なってます

押見:それは嬉しいです。

椎名:誰も足跡をつけていない真っ白い雪って、足跡をつけることに罪悪感が湧きますよね。押見さんの漫画は真っ白い雪というか、読むことで私は足跡をつけているような気持ちになって……だから読むことに罪悪感もあるんです。

押見:こんなにほめられたことはないです。僕は椎名さんみたいに言葉を持っていないので、受け止めて返す力がないのが不甲斐ないんですけど……椎名さんは天才ですね。

椎名:とんでもございません! 私、しゃべっていると全部ポエムになっちゃうんですよ……。

押見:椎名さんのセリフ回しがすごいなと思っていたんですが、お話ししてみると、やっぱり言葉がすごいですね。僕はセリフが考えられないタイプなので。

椎名:押見さんは……言葉じゃなくて、視覚ですよね。

押見:はい、視覚派なんですよ、僕は。

椎名:すごくそう思っていました。私は言葉派なんです。

押見:でも、視覚も入っているじゃないですか。両方の研ぎ澄まされた感覚を持っていてずるいなと思います(笑)。

椎名:本当ですか! うれしいです……。

押見さんは感覚を可視化することで読者と一体化している

椎名:あの……私、押見さんに会ったら絶対に言いたいことがあったんです。言っていいでしょうか。

押見:ぜひ聞かせてください。

椎名:今描いていらっしゃる『血の轍』が……あの……先ほどからうまくお伝えできているかわからないんですが……。

押見:全然大丈夫です。120%伝わっています

椎名:ありがとうございます。押見さんは、グレーの感情を初期からずっと描いている方だと思うんです。漫画じゃないと描くことのできない感情を。

押見:はい。

椎名:私もそれが描きたいんですが、すごく表現するのが難しいことでもありますよね。グレーの感情を描くと、それを味わったことがある人にしかわからない、ということが起こると思うんです。でも押見さんは読者の人たちにそれを伝えることから逃げないのがすごいと、ずっと思っていました。

押見:うれしいです。

椎名:私、『ぼくは麻理のなか』の、麻理のオナニーシーンが大好きなんですけど、ここで麻理の手が、こっち側(読者側)に出てくるように描いていますよね。

押見:はいはい。コマの外に。

麻理のオナニーシーン

──女子高校生・麻理の体に入ってしまった大学生の「ぼく」が、鏡に体を映しながら、麻理とセックスをするようにオナニーするシーンですね。

椎名:私、ここをターニングポイントにして、押見さんは読者と主人公を一体化させる表現をどんどんやるようになってきたのではないかと思っていて。

押見:ああ……はい、はい、そうです。

椎名:感覚を可視化することで、主人公と読者を一体化させている。『血の轍』は、その真骨頂だと思うんですよ。

怖いお母さん……「毒親」のいる家庭の話ですが、毒親に関する作品って最近たくさん出てきていますよね。もちろんすばらしいものもたくさんあるとは思うんですが、家族の話って似たような経験をしたことがないとすごく伝わりづらい。

でも『血の轍』は、主人公と読者を一体化させる力を『ぼくは麻理のなか』以降どんどん強くしていった押見さんが、感覚を視覚化させることでものすごく巧みに読者に伝えていて。毒親のことを知らない人にも毒親のことが理解できる、唯一と言っていいくらいの作品だと思います。

『血の轍』の鮮烈な1シーン(©押見修造/小学館)

押見まさにそれをやりたくて描いているようなものなので、すごくうれしいです……! ちゃんと順を追って、最初から主人公の心理とか周りの環境とか、全部ひっくるめてタイムマシンに乗って追体験してもらうみたいにして描けたら、わかってもらえるはずだという仮定のもとに描いているんですよ。

『惡の華』の時は、ある程度そういう下地がある人向けに描いていたというか、学生時代に疎外感を覚えていたような人に向けて描いていたんです。それに甘えていたというか。だから、読者が二分してしまったんですよね、わかる派とわからない派に。あと地方出身の人とそうではない人とか、自分が成長したという自覚がある人とない人でも、感想が分かれてしまって。

なので、今度はみんながちゃんと同じところに行き着くようにしたいと思って、『血の轍』を描きました。

「ひとつになりたい」と「ひとつになれない」は表裏一体NEXT

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門倉 紫麻

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