『ゆびさきと恋々』

森下suu先生の『ゆびさきと恋々』の第２巻が発売されました。

元々集英社の「マーガレット」で『日々蝶々』や『ショートケーキケーキ』といったスマッシュヒットを飛ばしていた森下suu先生ですが、講談社の「デザート」に移籍しての初連載でございます。

聴覚障害を持つ女の子の恋物語

主人公の雪は、聴覚障害を持つ女子大生。ある日、外国人に道を尋ねられ困っていたところを、大学で見覚えのある男子・逸臣に助けてもらいます。聴覚障害を持っていることを知っても、たじろぐどころか逆に興味を持って接してきた彼に、不思議な感情を抱いた雪。

後日、友達のアシストもあり、もう一度逸臣に会うことが出来た雪は、意を決して連絡先を交換してもらい、以来頻繁に連絡を取るように。バックパッカーとして海外を渡り歩いたという逸臣の話は、雪に新しい世界を感じさせてくれるとともに、恋という初めての感情を芽生えさせて……というストーリー。

ピュアすぎるヒロイン

ヒロインの雪は、聴覚障害を持っているという以外はごくごく普通の女子大生。物語冒頭でかわいいワンピースがセールで手に入ったことに喜ぶなど、オシャレも好きな可愛らしい女の子です。

彼女の聴覚障害の度合いですが、補聴器をつけていても全部の音が混ざって聞こえる感じで、音を聞き分けることはできません。手話を使うこともできますが、周りの人がみんな手話を使えるわけではないので、基本的には口の動きを読んで聞き取り、言葉を伝えるときはメモやスマホに文字を打って……といった感じ。

なので、基本的にしゃべることがありません。

言葉を発しないヒロインというと、『日々蝶々』のヒロイン・すいれんを彷彿とさせますね。とはいえ、マジで外に出てくるものがほとんどなかったすいれんと違い、雪は筆談で普通にコミュニケーションを取りますし、思考などもダダ漏れなので、そこまで無口って印象は無いです。

これまで恋なんて一切してきたことが無いであろうことが、その漏れ出る思考からありありと見て取れるのですが、とにかく思考がピュアすぎて、守ってあげたくなっちゃいます。

バックパッカーで外国語も喋れる先輩

そんなヒロインに対して、相手役となるのは海外バックパッカーのイケメン。ドイツ語と英語を操り、外国人と接するのも全然苦にしないどころか、積極的に向かっていく感じ。

なので、聴覚障害を持つ雪に対しても、遠慮など無しに、自分の興味からどんどんと近づいていきます。その近づき方もなかなかのもので、海外仕込みなのか、結構簡単に手をつないだり、肩に手を回したりとかしちゃうんですよね。呼び方も「お前」だったりとか。見た目とか纏う雰囲気はソフトなんですけど、行動言動はオラオラ系ヒーローそのもの。

雪の好意が分かりやすく漏れているので、それを受けての行動だとも思うのですが、読む人によってはその印象とのギャップから結構面食らうかもしれません。２巻なんかもう凄いですから。でも核心には迫らないんですよねぇ。この絶妙なもどかしさに、体が痒くなりそうです。

秀逸な聴覚障害の表現

さて、そんな２人の（今のところ）甘い甘い恋物語が展開されているわけですが、見どころはそこだけにあらず。

注目してもらいたいのは、聴覚障害の表現の仕方です。

先にも触れたとおり、本作ではコミュニケーション手段として、口話、手話、筆談という３種類が登場するのですが、聴覚障害を持つ雪の場合、口話といっても音として聞き取るわけではなく、読唇術を駆使して読み取ります。それが、「セリフの文字色を薄くする」「セリフの文字をときおり倒して配置する」という手法で、見事に表現をしているんですよね。ここはぜひ注目してもらいたいところです。

こういった特殊な表現が、時に読みにくさを誘発することもあるのですが、本作の場合は読んでいても全く気にならなずめちゃめちゃ読みやすいので、実に秀逸な表現だな、と。

あくまで恋物語

聴覚障害を描いた作品と言えば何と言っても『聲の形』や、最近だと『王様ランキング』なんかもありますが、個人的には大学が舞台ということもあり、青春ドラマの金字塔的作品でもある『オレンジデイズ』が思い起こされます。何気に名作の多い聴覚障害を扱った作品ですが、本作は果たして。

こんな設定ですから、やはり「聴覚障害」という部分がフォーカスされてしまいがちなのは否めません。このレビュー自身もそうなっちゃっていますし。しかしながら、森下suu先生が描こうとしているのではあくまで「恋」なんですよね。

「道徳の教科書っぽくしたくない」と森下suu先生がインタビューで語っているのですが、実際、しっかりと少女漫画として物語が描かれているのでご安心ください。

とびきりピュアな女の子と、精神的にも物理的にもソーシャルディスタンスなんて軽々と超えてくるようなイケメンとの、キュンが積み重なるラブストーリーを、ぜひ堪能ください。

©森下suu/講談社