2021.04.13

【インタビュー】『メダリスト』つるまいかだ「表舞台では見えない、努力の軌跡を描きたい」

幼い頃からすべてを注ぎ、それでも大きな試合に出場できるのはわずかという狭き門。華やかな演技と裏腹に、過酷でシビアな面も併せ持つフィギュアスケートの世界。ましてや世界トップクラスの強豪国である日本で小さなチャンスを掴みとり、オリンピックのメダリストを目指す!

そんな大きな決断をする小さな勇者たちの成長と、それを見守りながら自らも気づきを得ていくコーチの姿を描くフィギュアスケート漫画『メダリスト』。2020年5月から「月刊アフタヌーン」で連載を開始し、現在2巻まで刊行されています。

単行本第2巻 書影

舞台はフィギュアスケート王国の名古屋。学校でまわりにうまく馴染めない結束いのりが、唯一夢中になれるのがスケート。

だけど家では忙しいお母さんに気を遣いスケートをやりたいと言い出せず、受付のおじさんとの秘密の約束でこっそりリンクに入れてもらい、自主練を重ねる日々。

いのりは11歳。5、6歳でスケートを始める子の多いフィギュアスケートの世界で、選手を目指すならギリギリの年齢……スケートをやりたいのに、どうしていいかわからない。そんな日々を過ごしていた彼女が、リンクでたまたま居合わせた明浦路司との出会いを経て、競技としてのフィギュアスケートに飛び込んでいく──。

普段はうつむきがちだけど、氷の上では堂々とした振る舞いの主人公・いのり

試合の数分のために、何年もの時間と努力を注ぎ込む。
スケートで、勝ち負けをやる。

いのりと司の人生ふたつぶんかけて挑む、世界の頂点

この度コミスペ! では、ふたりの奮闘を描く熱いスポーツ漫画『メダリスト』の作者である、つるまいかだ先生にインタビューを実施。なぜフィギュアスケートだったのか、この作品を通して描きたいことは何なのかなど、たっぷりお話を伺いました。

いのりと司、ふたりは人生をかけて、フィギュアスケートの「強い選手」を目指す

(取材・文:八木あゆみ/編集:八木光平

スポーツ漫画を描くのは、自分でも予想外だった

──もともとフィギュアスケートが大好きで、『メダリスト』も連載当初から読んでいたのでインタビューできてとても嬉しいです。先生は『メダリスト』が初めての漫画連載ですが、漫画を描くようになったきっかけやこれまでの流れを教えて下さい。

つるまいかだ先生(以下、つるま):幼い頃から絵を描くのが好きで、小学校の頃、荒川弘先生の『鋼の錬金術師』にすごくはまって、漫画を描いてみたこともあったのですが、本格的にはじめたのは大学生の時です。もともとはイラストレーターや画家になりたいと思っていたんですが、大学で出会った友人達が趣味で漫画を描いていて、楽しそうにオリジナルキャラクターの設定を語る姿に影響されたんです。

その頃は自分のWebサイトを作って、そこで漫画を毎日更新目標で公開していました。小さなサイトだったのにも関わらず読者の方からコメントをいただくようになると、クオリティが気になり何度も描き直してしまって。大学生活の間、完成しない漫画をずっと描き続けていました。

──Webサイトでの連載からアフタヌーンとの出会いまでは?

つるま:まずはとにかく作品を完成させようと描き上げたのが、『鳴きヤミ.』という同人誌で、それを持って2018年のCOMITIA123に参加しました。

そこで講談社の3誌が合同で現地で開催している「即日新人賞」に『鳴きヤミ.』をエントリーしたら、アフタヌーン編集部から優秀賞をいただいたんです。

『鳴きヤミ.』書影

自分がコツコツつくってきた漫画に、編集者の方から評価をいただいたのが大きな自信となり、漫画家としてやっていきたいと心に決めました。それから、即日新人賞で見ていただいた矢島さんに担当編集についてもらい、一緒に『メダリスト』を立ち上げて今に至ります。

──担当がついて連載までの流れとして、最初からフィギュアスケート漫画を考えていましたか? それとも別の物語もつくっていましたか?

つるま:ネームを見てもらうようになってからも、いい話がなかなか浮かびませんでした。最初は、アフタヌーンに向けて自分が描くならどろっとした冷たい雰囲気のものがいいかなと思って、何作か試していたんですが、どれも形にはならなくて。その頃はフィギュアスケートはもちろん、スポーツ漫画を描くこと自体全然予想していませんでした。

会社を辞め漫画に注力しようと決めて、二冊目の同人誌『女神になんてなれない』を出した時に、少年誌や少女誌の編集部の方々からも連絡をいただいて。

『女神になんてなれない』書影

それをきっかけに、全然違う雰囲気のものを描くのもいいのかもしれないと方針転換しました。熱い感情を描く漫画をやってみたくて、そこからスポーツ漫画という発想になりました。そして、やるならフィギュアスケートがいいなと。他の競技は考えていなくて、フィギュアスケート決め打ちでした。

華やかな舞台に上がる一握りになれるか

──フィギュアスケートはルールが難しく、部活などで出会うこともほぼなくクラブに所属するという特殊な世界だと思いますが、もともとお詳しかったのでしょうか?

つるま:いえ、スケート漫画を描こうと決めてから勉強しはじめました。最初はアフタヌーン主催の新人賞「四季賞」に出す読み切り漫画のつもりだったので、それを前提に色々と調べたり、フィギュアスケートを習い始めたりしてたのですが、矢島さんにネームを提出したら「これはもう連載会議にかけましょう」と言われて。連載が決まってからは、さらに取材を重ねていきました。

担当編集・矢島さん(以下、矢島):スケートを題材にすると決まってからすぐ、おひとりでフィギュアスケートの取材を始めていて。新人賞用の読み切りにも関わらず自分でフィギュアスケートのクラブに通ったり、資料も集めたりとしっかり勉強されているのを見て、創作への意識の高さ・真剣さを感じたのを覚えています。

出てきたネームも熱量がすごくて才気走っていたので、四季賞はスキップして、連載を目指しましょうとご提案しました。

──キャラクター設定にまつわるエピソードを教えて下さい。

つるま:いのりの特徴になっている髪型は最初はエビフライじゃなかったですね(笑)。髪の毛をしばることは決定していたものの、主人公にちゃんと記号的な特徴を入れたいと思って入れました。

いのりの特徴的な前髪

矢島:いのりは向かって左側にエビフライの尻尾が付いてるんですけど、この向きをしばしば間違えて作画されてますよね(笑)。後ろ姿なのに、左から尻尾が出ていて。入稿時に、いのりの髪型の向きが正しいかつるまさんと一緒に確認することをエビフライチェックと呼んでいます。

あとは、司の右頬のホクロも描き忘れがちですよね。この確認は、黒点チェックと呼んでいます。司は太陽みたいなキャラなので。

司の特徴は右頬のホクロ

──フィギュアスケートを漫画にすると言っても色々パターンはあるなかで、選手の小学生時代から描いたのは何故ですか?

つるま:最初からトリプルアクセルを跳べて、スカウトされて世界を舞台に戦う……というお話も楽しいとは思ったのですが、すでに多くの面白い作品がありますから、自分が新しく描くなら、違う切り口に挑戦したいと思いました。

誰にも期待されてない中で、夢から世界を手繰り寄せていく姿を見ていきたいから、選手たちの幼少期から描いていくことにしました。

トップに行くには5、6歳から始めなければいけないと言われる競技で、子供が家族に連れられて初めて氷に乗る。

そこからどのように世界を目指していくのか私自身が知りたかったし、なかなかスポットライトが当たらない部分だと思ったからです。

華やかに見えるフィギュアスケートの世界ですが、その舞台に上がれるのはほんの一握り

──コーチの司とのダブル主人公というのは最初から決めていたのでしょうか?

つるま:実は最初は司ではなく、司がお世話になっている家の娘のちゃんといのりの二人がメインになるような話を予定していたんです。小学生ふたりでコンビを組んで頑張っていく構想でしたが、矢島さんから「厳しい世界でも、見ていて安心できるような大人がいてほしい」と提案をいただき、コーチについて再度取材して司が生まれ、コーチと選手ふたりで頑張っていく話になりました。

司がお世話になっている加護家の、羊ちゃん

──選手としての自分に挫折をして次の人生のステップに向かう司先生の姿に共感し、いのりちゃんに対しては叔母のような気持ちで見てしまいます。いろんな目線で見ることができる作品ですが、『メダリスト』の軸としているテーマは何でしょうか?

つるま:テーマというと色々ありますが、特に一話は「夢に挑む人たちに勇気を持ってほしい」という願いを込めました。いのりたちがこれから目指すのは本当に一握りの人しかいけない世界なので、無理じゃないのかという周りの声を払い除けて進んでいく強さが必要です。

例えば漫画家になりたいという夢があっても、アイドルになりたいと思っていてもまわりに言えないとか、そういう人たちが自分の抱く憧れに挑戦をする勇気になったら嬉しいなと思っています。挑戦していく姿をかっこよく描きたいです。

いのりをコーチする中で、成長していく司先生

──なにかに人生を傾けることは、小さいことも含めて挑戦の連続ですね。小さなステップやスピンができるようになるのももちろん、大人である司先生も2巻で自身の挑戦に対する覚悟を決めます。つるま先生は、特に思い出深いシーンはありますか?

つるまいのりの初試合は描いていて緊張しました。4話(単行本2巻1話目)が初めての大会で、これから何回も描くことになる競技シーンの軸になります。競技放送での得点表示を画面に取り入れるなど、試合場面のフォーマットを作った話でした。

試合シーンでは、テレビで放映される際のリアルタイムの得点表示のような見せ方を採用

あと、『鋼の錬金術師』の2巻の1話目が合成獣を作る錬金術師の話で、主人公たちが初めて大きな壁にぶつかるとても大きな転機だったんです。物語が進んでも主人公の心の中にこのエピソードが残っている描写があって、そういった今後の柱になる出来事を2巻の1話に持ってきたいなと思っていました。

──確かに臨場感がびしびしと伝わってきます。フィギュアスケートに深く関わるようになって、競技に対する見方も変わっていくかなと思いますが、推しの選手や参考にした選手はいますか?

つるま:全日本選手権がそもそも、フィギュアスケートをやっている人の限られた上位しか行けない、本当に出場が難しい世界。幼いうちからずっとその舞台を目指してこつこつと努力を重ねる子たちを目の当たりにすると、もう誰が推しとか言えないです。トップで戦ってる人はもちろん、ノービスもジュニアもシニアもすべての選手の方々に頑張ってほしいので、みんな推しです!

転ぶ絶望感を乗り越え、立ち上がってきた人たちNEXT

1/2

2

関連画像

この記事を書いた人

八木 あゆみ

このライターの記事一覧

無料で読める漫画

すべて見る

    人気のレビュー

    すべて見る

        人気の漫画

        すべて見る

          おすすめの記事

          ランキング