2019.05.24
【特別対談】『青野くんに触りたいから死にたい』椎名うみ × 『ハピネス』押見修造 インタビュー!【後編】
狂気といえるほど純粋な恋が、多くの読者の心をざわめかせてきた、椎名うみ先生の『青野くんに触りたいから死にたい』。
待望の第5巻発売を記念した、椎名先生と、『血の轍』『ハピネス』の押見修造先生とのスペシャル対談の後半戦!
双方、敬愛に満ちた凄まじい熱量で展開された前編に続き、押見先生が実体験した幽霊のお話から、おふたりの実制作スタイルまで、さらに貪欲に互いの深みへとリーチしていくおふたり。
そして最後には、押見先生から椎名先生へのスペシャルプレゼントもお持ち頂いて……!? 魂ふるえる、偏愛と狂乱の特別対談、ぜひ最後までご覧ください!
椎名うみ
神奈川県出身。2014年「ボインちゃん」で「アフタヌーン四季賞」を受賞。2015年「アフタヌーン」にて同作でデビュー。短編「セーラー服を燃やして」「崖際のワルツ」(短編集『崖際のワルツ』所収)を発表した後、2016年「アフタヌーン」で『青野くんに触りたいから死にたい』を連載開始。公式サイトに掲載された第1話は30万PVを突破し、コミックス発売前から大きな話題に。
押見修造
1981年群馬県出身。2003年「スーパーフライ」で「別冊ヤングマガジン」にてデビュー。『漂流ネットカフェ』はテレビドラマ化、『スイートプールサイド』『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が映画化された。テレビアニメ化された『悪の華』は、2019年映画化が決定している。現在「ビッグコミックスペリオール」にて『血の轍』を連載中。ほかの作品に『ぼくは麻里のなか』『ハピネス』など。
最初の1ページでキャラが決まる
押見:椎名さんも、家族関係をまるで地獄のように描かれますよね。
椎名:(笑)
押見:すごく共感できるし、『血の轍』と共通するところがあると思うんですが、なぜそう描くんですか?
椎名:なぜかというと……まず、私は最初の1ページでその人物のキャラが決まると思っていて。
優里ちゃんを一番初めに描いたのは、ツイッターに投稿した1ページ漫画だったんです。君に触れられないんだったら、私も死んで同じ幽霊になるしかない! みたいなシーンを描いたんですけど、ここを土台としてキャラを掘っていくと、自然と優里の家族はあんな感じになった、という感じでしょうか。
押見:じゃあ、取材したりとか自分の経験を入れ込んだりとかではなくて、キャラが決まった段階であの家庭環境も決まっているんですか。
椎名:そうですね。
押見:家族の地獄が、ちゃんと構造まで描かれているじゃないですか。単にモンスターとしてのお姉さんを描くのではなくて、家族の中の力関係まで描く。最初の1ページでキャラが決まるというのはすごいですね……僕はそんなことはできないです。描きながらああでもないこうでもないって考えるので。
椎名:私も描き進めながら考えることは考えるんですが、最初の1ページにあるのが正しい答えだから……わからなくなったらそこに戻るっていう感じです。
押見:「キャラを作る」っていう感覚がいまだによくわからないんです。全部自分と周囲の人間の投影なので。編集さんとの打ち合わせでも、ずっと人生相談をしているような感じです。とにかく自分のことを聞いてもらう。そうすると「そういうことだったのか、この感情は!」と本質的なことがわかる瞬間があるので、それを描く感じですね。
椎名:すごいです……それをやるのは怖い。
押見:人間関係はぎくしゃくします(笑)。あと……優里ちゃんのお姉ちゃんが好き……と言ったらあれですけど、いいですよね。エロくもあって。ここのシーンも好きだったなあ。
──家を支配しているお姉さんが久しぶりに帰ってきて、自分の服を着ていた優里を責め立てて、玄関で服を脱がせる場面。
押見:優里ちゃんの下着をかわいく描いているのとかもすごいなと……。お姉ちゃんのセリフが全部いいですよね。化粧をしている優里ちゃんに「まつげひじきみたい」とか。
こんな言葉、実際言われなきゃ、僕には描けないです。一番いやな、一番傷つくところをピンポイントでついてきている。
椎名:このシーンでは、「純粋な凌辱」を描きたかったんです。恐れながら……押見さんが描こうとされているのもそういうことなのかなと思うんですが。
押見:そうだと思います。
椎名:もしこれがお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんだと意味合いが変わってきてしまう。
押見:わかります。お兄ちゃんだとぜんぜん違いますよね。
椎名:はい、力、みたいなものが関係してきてしまう。もっと純度の高い凌辱を描きたかったので、優里のほうがお姉さんよりちょっと背が高いくらいの感じで描いています。
押見さんは純度の高い凌辱を、さっき言ったように、男女を入れ替えてやられるんですよね。私はそれは上手にできないので、同性でやってしまうんだと思います。
椎名さんは、狂った風景で恐怖を表現する
押見:僕も、もっと椎名さんの作品内容についていろいろ指摘したいです……自分ばっかり指摘されているので(笑)。椎名さんと似ているなと思うところもたくさんありますけど、自分にはできないなというところもいっぱいあって。読んでいて、いつも刺激を受けています。優里の描き方は、自分にはできないですね。
椎名:どんなところがですか?
押見:さっき言った健康的にエロいところと、あと、青野くんを好き過ぎるところですね。優里ちゃんて、自分は青野くんに依存しているんじゃないか、と自分を引いて見ているところもあるじゃないですか。そういう視点も含ませつつ、ものすごく青野くんを好きになっている。
女の子の描き方として、僕にはそういうことはできないですね。男の子側から見た女の子しか描けない。しかも椎名さんは、男の子の描き方も生々しいんですよ。青野くんが、男から見ていいやつで。エッチなことをちゃんと恥ずかしがれるところとか……男の子を描くのがうまいなと思います。
椎名:やったぜ(笑)! ありがとうございます!
押見:それと、幽霊について描かれているシーンで、怖いところはちゃんと怖いのもすごい。青野くんのお母さん(の幽霊)が道の向こうから来るシーンがあるじゃないですか。めちゃくちゃ怖かったです。ここに(と指さす)、小さくお母さんがいますよね。
椎名:うれしい! 気づかれなくていいかな、くらいの感じで描いていたので。
押見:なんでこんなに怖いのが描けるのかなって……風景のずれってことなのかなあ。背景の絵と、お母さんとがずれているじゃないですか。違和感があるというか。
椎名:この前、「何を怖いと思うか」という話を友だちとしたんですが、ホラー映画に対する感じ方って、「理不尽とか不条理」が怖い人と「わからない」ことが怖い人に二分されますよね。
押見:それでいうと、僕は「わからない」ほうですかね。不条理は怖くないです。
椎名:私もです。世の中って、わりと不条理だし。なので『青野くん』の怖いシーンを描く時は、「わからない」に全振りしていると思います。
押見:「わからないものが、なんかいる」っていう表現ですよね。椎名さん、幽霊は見たことありますか?
椎名:ないです! 押見さんはありますか?
押見:あー……微妙にあります。
椎名:ええっ! 教えてください!
押見:その体験を思い出したから、道路にお母さんがいる、あのシーンが怖くなったのかもしれません。
椎名:何を見たんですか!?
押見:高校生の時の話なんですけど、すごいミニスカートの女の人が、鉄道の橋げたの下にもたれかかっていたんですよ。僕はそこを自転車で通りかかって。一瞬見たんですけど、すごくぎょっとして、目をそらしてしまった。
そのあと本屋さんで本を買って出てきてたら、電柱の陰にまたその人が立っていて。「足が速いな」と思って、そのまま家に帰ったんです。で、自転車を置いてなんとなく振り返ったら……向こうのほうにまた立っているんですよ。怖い! と思ってすぐ家に入ってドアをバタンと閉めて……それだけなんですけど。
椎名:怖いー!! ガチのやつじゃないですか……。
押見:なんか、立ち方が普通の人と違う感じがしたんです。
椎名:ああ……いいですねえ……。
押見:ぱっと見た瞬間、「あ、なんか違う」と。何が違うのかはうまく説明できないんですけどね。そんな記憶を思い出したのですが、椎名さんは見たことがないのに、見たかのように描いていらっしゃるのがすごい。
それから、風景を狂わせて怖くするのがうまいです。こことか。若干不自然に優里ちゃんの顔が隠れているだけで、すでにこの風景が狂っていることが表現されていて。
特にわかりやすく記号的なものを付け加えているわけではないのに、狂っているとわかる。優里ちゃんがいるほうだけ、花がワーッと咲いているところも狂っていて、怖かったです。
あと青野くんと、“黒青野くん”が切り替わったことも、顔ですぐわかるじゃないですか。
椎名:黒目がちになるから……。
押見:そう言われれば、「それでだ!」とわかるんですが。気持ち悪いものをちゃんと気持ち悪く描かれるところが好きなんです。
©椎名うみ/講談社, ©押見修造/講談社, ©押見修造/双葉社
1/3
2