『ゴリラの神から加護された令嬢は王立騎士団で可愛がられる』

まずは心をフラットにして、単行本の表紙をじっと眺めていただきたい。
黒地に金の刺繍が入ったシックな制服をまとい、微笑みを浮かべる端正な美青年。そこに寄り添う、気立てのよさそうな少女。そしてふたりを背後から静かに見守るゴリラ……えっ、ゴリラ！？

そう。ゴリラである。学名ゴリラ・ゴリラ。霊長目ヒト科ゴリラ属。間違いなくあのゴリラである。
今回紹介するのはWeb小説投稿サイト「小説家になろう」投稿作を元にしたコミカライズで、タイトルは『ゴリラの神から加護された令嬢は王立騎士団で可愛がられる』。やっぱりゴリラだ……。

本作の舞台となるファンタジー世界では、人々が齢16歳に達するとひとつの儀式を受ける習わしがあるという。それは、さまざまな動物の神様たちのいずれかより特殊スキルを授かる加護の式典だ。

鳥の神からの加護なら空飛ぶための翼を。チーターなどネコ科大型動物の神なら高速で疾走できる脚力を。運が悪ければ、あまり役に立たない能力しか身に付かない場合もある。

主人公、ソフィア・リーラーの場合は複雑だ。“超強力だが、本人の心情としては勘弁してほしい”タイプの動物神がバックについてしまった。

そう、つまりそれがゴリラ。ゴリラの神なのだ。

腕力はヒトの7倍以上、握力なら10倍。走れば拳を地につける歩法で時速40kmを出せるゴリラ。その力がそっくり人間の肉体に宿れば、超人という他ない存在と化すのは自明の理。バトル漫画なら大当たりのスキルで、劇中では戦闘系最強の加護と評されている。

しかし、往々にして運命は最も望まぬ人間にこそ大きな力を授けるもの。
争いごとを好まないうら若き乙女はゴリラ神のサポートを受けた結果、目をつけた騎士団から入団試験にスカウトされてさあ大変。
王国からの誘いを断れば実家の立場が悪くなる。ならば入団試験は受けつつ、ていよく失格しよう。そう思っていたのだが。

ゴリラ神という源は秘密にしても、発揮されるパワー自体は隠しきれない。
軽くひねったドアノブは紙細工のようにくしゃりと潰れ、なにげなく壁を叩けばドカンと崩れ、人ひとりを細腕ひとつでひょいと持ち上げる怪力をまだうまくコントロールしきれないソフィア。けっきょく試験を通り、男性だらけの組織に所属して同期や先輩たちと思わぬ流れで親交を深めていくことに。
華やかだが気苦労も多い騎士団ライフを送るソフィアの行く末やいかに？

特別な事情を抱えるも性格は純朴なヒロインが見目麗しい青年や少年たちに囲まれ交流を重ね、やがて彼らにとってなくてはならない存在に昇華していく──。大枠だけでいえば、とても素直でスタンダードな内容のロマンティック・ファンタジー作品ではある。

ただしジャンル性においてスタンダートさは期待を裏切らないエンタメの美徳であると裏表に、読者からすれば惰性で刺激が弱くなるネックもある。

そこで、ゴリラである。

あるある展開だねーと言われそうなポイントでとつぜんヒロインの背後にズッ……と写実タッチでゴリラのイメージが出現し、ゴリラ的パワーで事態を突破する絵面のインパクト！　見慣れたものへピリっと強い刺激をもたらす最高のスパイスといえる。

騎士団をめぐるストーリー展開に対してあくまで副次的なモチーフではあるのだが、ゴリラ（神のオーラ）が出てくるシーンがあまりに愉快なため読者はやがてゴリラを目当てに読み進めることになる。

「ここでゴリラ出るの！？」「ああ今回はゴリラ出なかった、残念……」「やった！　またゴリラ出た！」「やっぱりゴリラなんだよな〜」　

ニコニコ漫画のWeb配信ではページごとに様々なコメントがついているが、回を重ねるうちもはやゴリラ依存症に陥っていく読者たちの様相が見もの。あなたも本作を読んで、ゴリラを求めてやまない身体になりましょう……。

なお余談だが、現実のゴリラは好戦性が低くどちらかというと繊細かつ穏和な気質なんだとか。いわゆる“気は優しくて力持ち”な動物らしい。

そう考えると、心優しさこそを真価とする少女がゴリラ神に守られるのは、ミスマッチではなく正しい境遇という観がある。「なんでゴリラ！？」と驚かされる初見のインパクトから一周まわって、むしろ納得がいくモチーフでもあるのだ。

そういう機微をビジュアルで確認できるのが、小説から漫画へ媒体を移して描かれた本作の甲斐だろう。

©神栖みか,シロヒ/KADOKAWA