2020.02.08
「拾われたい」化物と「拾いたい」少女の交流がおりなす、何事でもない出来事『化物と少女』富田陽介【おすすめ漫画】
『化物と少女』
幕開けは、とある町の河川敷。ごく当たり前の風景の片隅に佇む、一匹の異様な存在があった。
身長3〜4mはあろうかという巨体。顔かたちや全身の毛深さは熊に似ているが手足はすらりと長くヒトめいており、頭には禍々しい三本のツノが生え、両肩から腕へかけて謎の紋様が光る……まさに化物、モンスターだ。
そいつが「拾ってください」と書かれた段ボールを傍らに置き、地べたにしょんぼりと体育座りしているのである。さらに、その化物を間近にじっと眺める幼女がいる。シチュエーション的には買い物帰りの子供が捨て猫を見つけたような図だ。
ははーん、この幼女が化物を拾ってなにかすごい非日常的な事件が起こりはじめるんだな? と待ち構えながらページを進めるも……少女は真顔で段ボール箱を手に取って頭にかぶり、そのまま帰宅。遠い目をした化物は放置で第1話・終了!
そりゃたしかに「拾ってください」と段ボールに書いてあったけども!
やがて、少女は段ボールに書いてあったことの意味に気づいて彼(?)のもとを訪ねるのだが、時に彼女の力不足で、時に化物の都合で、なかなか「拾う」ことができない状態が続くことになる。
第1話で出会ってから、ようやく家へ連れてくるのが第6話、そこからお母さんに何度も追い返され続けてようやくペットにする許可をもらえたのが第12話。そんなに話数をかけて拾った怪物だが、だからといって少女の生活になにか致命的な波乱が起きるわけでもない。
ほんとうにただ捨てられたモノを拾ってきただけなのだ。そして、それでこそじわじわと面白いのである。
フィクションで「○○ミーツ△△で物語が動き出す」というのは鉄板のドラマ様式だが、本作はそこを逆手にとって「特別な者が出会ったのに壮大な何事も始まらない」という、状況の悠長さを楽しさに転じたコメディになっている。
シリアスな作品で本題に入るのが長いのは欠点になるが、本作の場合はそもそも本題に入らないこと自体に意味があるのだ。
そんな本作のマンガとしての特徴は、一般的なフキダシ台詞の会話がない点にある。
見た目こわいのにお茶目な化物や、クールな見た目だが意外にやんちゃな小学生女児、そしてダメなものはダメと厳しくしつつも基本的には娘を溺愛するママさんなどキャラの濃い面々が独特のすっとぼけたノリでお互いのボケを次へ次へと送り流す運びは、「台詞がない」=「言語化されたツッコミで水を差されない」ことで、画からにじみでる可笑しみを最大化している。
もっというと擬音その他のエフェクトや欄外の注釈などには文字情報を使っているので完全なサイレントというわけではなくただただ台詞だけを抜いてあるあたり、単なる目先の珍しさのためではなく、きちんと作品の持ち味を引き出すために選ばれたアプローチに思えて、好感が抱ける。
みなさんもぜひ、この「拾われたい」化物と「拾いたい」少女の交流がおりなす、何事でもない出来事の味わいを画面から噛みしめるように読んでみていただきたい。
余談だが、作者の富田陽介先生は本作の連載媒体である「ニコニコ静画」で過去に同人投稿作としてバーチャルYoutuber・電脳少女シロを題にした二次創作マンガを描いており、そちらの筋から御存知のかたもおられるだろう。
©富田陽介/キルタイムコミュニケーション