2020.02.19
孤独なおじさん、女の子アバターで恋をする『VRおじさんの初恋』暴力とも子【おすすめ漫画】
『VRおじさんの初恋』
孤独なおじさん、女の子アバターで恋をする
1年以上前に連載されていた、「VR(バーチャルリアリティ)」を題材にしたおじさんの恋の物語が、ここしばらくの間で急激にネットでバズった。
VRの話題をうまく作品に盛り込みながら、中年男性の孤独と仮想世界のエモーショナル感を巧みに描いており、あまり類を見ないラストシーンはTwitterで数多くの共感の声を呼んだ。
この作品はAmazonKindleで0円でダウンロードできる連作コミック。ジャンプルーキー!やマンガハック、作者のnoteでも無料で読めるので、読みやすい媒体でチェックしてほしい。書店には紙媒体で置いていないので注意。
セーラー服女子のアバターでバーチャル世界にログインしているナオキ。現実社会での姿は冴えない40歳の独身男性。
VR世界に入っても人とコミュニケーションを取るでもなく、サービス終了間近なワールドの終焉を1人静かに見て回っていた。
そんな彼に近寄ってきたのは、露出度が高すぎる痴女アバターのホナミ。VRは初心者らしく、なぜかナオキにぴったりくっついてくる。
自分が少女アバターをまとっているように、ホナミが何者なのか、男なのか女なの何歳なのか、一切わからない。二人であちこちめぐっているうちに、ホナミ側がナオキに急接近。彼女はナオキにキスをした。中年男性ナオキの中に、今まで感じたことのない感覚が芽生える。
この作品で出てくる男性・直樹(ナオキ)は、VR世界においても人と極力接しないようにしていた人間だ。VR世界には楽しそうに遊ぶ人々もいるし、動画配信をして充実した日々を送っている人もいる。
現実世界で孤独に苦しんで生きている彼は、VR世界で少女アバターをまとおうとも、劣等感に打ちひしがれた皮肉屋で、心は孤独なままだ。
けれども素のままの彼を素敵だといい、純粋に寄り添ってくれるホナミと一緒にいるうちに、ナオキは恋をした。現実世界でもVR世界でも心を閉ざしていた彼が、他人と深く接触を持つことができた瞬間だ。
「少女アバター」であることの重要性が見えてくる。人によってはそれを男性性からの逃避行動と見るかもしれないし、単なる性欲と見るかもしれない。
ナオキ本人もロリコンだからだと思っていたようだが、実際のところは彼も気づかなかった理由があった。VR世界で無数に増殖する「少女」像は、生物学的な女性とは異なる別種の、「幸福」を意味する概念のようなもの。自分がその「幸福」になることの価値は絶大だ。
この作品の描く世界は、もう既にある現実的な光景だ。「VRChat」というアプリでは、ユーザーが作ったワールドに3Dアバターで参加し、実際に動きながらどこの誰かわからない人と会話ができる。
作中に出てきた大規模な展示即売会は「バーチャルマーケット」という名前で実在する。「触るだけで試着できる服」なんてSFっぽいシーンも、バーチャルマーケットでは既にある(過去に開催されたワールドは今も残っていて見学できるので、技術の粋を尽くしたVR空間を是非経験してみてほしい)。
ナオキとホナミと二人のような、恋愛にまで踏み込むユーザーの距離感も実在する。VRChatではVR世界の中で恋人になり、VR世界での結婚をする人も多くいる。相手がどこの誰かわからず、性別も年齢もわからないとしてもだ。
かつて近未来とされていた空想は、既にVRで現実のものになった。VR技術の現状と、そこから生まれる人間関係のあり方がしっかり調べられているからこそ、この作品はVR内外での中年男性の人間描写を、生々しく表現することに成功している。
ラストまで読んだ後にもう一度見直すと、ナオキとホナミが見て回る様々なVR空間の意味がストンと理解できるはずだ。
この世界は読者たちが実際に体験できるものであるように、この作品のような救われ方もリアルだ。ちゃんとそこに幸せはあるし、人はVRで救われてもいい。
©暴力とも子