2020.03.18
女子高生たちの愛する地獄、愛される地獄『この愛を終わらせてくれないか』筒井いつき【おすすめ漫画】
『この愛を終わらせてくれないか』
女子高生たちの愛する地獄、愛される地獄
愛には色々な形がある。仲良くしたいというものもあれば、ただ見つめていたいという感情もある。理由なんて無いし、正解もない。ただ、愛は自由だ、とは言い切れない。結末が悲劇になることは多々ある。
この作品はサスペンス調で思春期少女たちのねじれた愛と憎しみを、ひりついた空気と数多の謎で描いていく。
クラスメイトの芸能人・速水瞬(はやみ・まどか)のことが大好きな、八河柚(はちかわ・ゆず)。彼女にとって瞬は神様で、遠くから見ていることが幸せだった。しかし瞬には世木幸子(せぎ・さちこ)という友人がいた。
社交的で明るく、瞬に親しく寄り添う幸子。彼女に対する柚の憎しみはどんどん募っていく。
「全てから世木幸子が愛され全肯定されようとも 私は地球最後の一人になっても憎んでやる」
SNSの鍵垢で幸子の悪口を書き続けていた柚。しかしそのツイートは幸子に発見されてしまう。幸子は柚を屋上に呼び出して言う。
「いいよねーあんたは 誰からも見向きもされないで 誰かに愛される地獄が何かあんたにも教えてあげようか」
幸子と柚はそのまま、一緒に屋上から落下。死んだかと思って焦って目をさました柚は、自分が幸子の姿になっていることに気づく。
現時点では、落下したあと入れ替わったのかどうかなどはっきりとした状況は定かではない。3人に何が起きているかは徐々に明らかになるだろう。
そこよりも、「友人が多くて憧れの人の側にいた幸子」と「知人友人はゼロでこそこそしていた柚」のギャップがもろに浮かぶ描写の数々が残酷だ。
瞬のそばにいられるからこそ柚は幸子の身体になったことを喜んだ。今まで感じたことのない幸せに襲われていた。けれども彼女は明るい幸子には、今まで嫉妬で憎んでいた幸子にはなりきれない。
「気持ちわりーな お前の幸せそうな顔見ると吐き気するんだよ」とかつて言っていたであろう姿に自分がなっている状況は、痛々しさが目立つ。
瞬の行動も謎が多い。柚は「幸子は瞬にまとわりついている女」という見方をしていたので分かっていなかったようだが、瞬は幸子に独特な感情を持っているのが徐々に見えてくる。
「幸子になって瞬を横から見ていられればそれでいい」なんてのは、むしのいい話。ここからが「愛される地獄」が本当の意味で始まるのだろう。
愛するのは大変だし苦痛も多い。けれども愛するのは基本的に楽しいことが多い。相手に迷惑をかけるか否かとは別に、あらゆるスタイルで愛すことは可能だ。柚の崇拝のような愛情も、人に神性を押し付ける自分勝手な愛の形だ。
一方で愛される方はそれをコントロールできない。避けるか受け入れるかの覚悟を決めて、自分も相手も傷つける可能性すら選ばねばいけない。
タイトルにある「愛」は柚のものか、幸子のものか、それとも瞬のものか。女子高校生の暴走する愛情は、外見と内面の存在もぐちゃぐちゃなままに、人と自分を傷つけながら迷走していく。
ゴリゴリとした線で描きこまれた絵柄が、張り詰めた柚の心理を生々しく表現している。特に幸子になった柚の驚き、不安、怒り、侮蔑、憧れでギュッと変わる瞳の表現が秀逸。
自分の本音を隠し続ける彼女の言動と相まって、読んでいてずっと不安になるのが見事だ。
©筒井いつき/講談社