2020.05.30
実写映画公開も予定される、とんかつ×DJギャグ!『とんかつDJアゲ太郎』イーピャオ, 小山ゆうじろう【おすすめ漫画】
『とんかつDJアゲ太郎』
渋谷のとんかつ屋の息子・勝又揚太郎(かつまた あげたろう)はある日、配達の注文を受けて訪れたクラブの光景に驚嘆してDJを志すようになった。
しかしとんかつ屋の道も捨てるわけではない。とんかつとDJ、一見かけはなれたように思える両者に潜む深い共通点に気づいたアゲ太郎。二つの夢をひとつに貫き、仲間やライバルとの切磋琢磨で成長を続ける唯一無二の“とんかつDJ”がフロアをアゲていく……!
というわけで、本日のピックアップは『とんかつDJアゲ太郎』。このコーナーでは久々の完結済みWebマンガだ。
まだ大手マンガ雑誌の独自アプリが手探り状態だった2014年9月、「少年ジャンプ+」黎明期に連載されて同サービスを支えた良作である。
しばらく前から実写映画化が動いており、ついに今年6月公開が決定……と思ったら新型コロナウィルス騒ぎで延期となってしまったのが残念。
ともあれ、映画化の記念がてら今回取り上げようと思った次第である。
まずはやはり、本作の強烈なフックになったあのセリフから入るとしよう。
「とんかつ屋とDJって 同じなのか!!!???」
BPM(1分あたりのテンポ)とキャベツの千切りのリズム。レコードを乗せるターンテーブルの「皿」と、とんかつを乗せる「皿」。宣伝のフライヤー(チラシ)と、とんかつを揚げる装置「フライヤー」。盛り上がる前のオーディエンスのカタさと、ほぐす前の固い肉……。
「AはBのようなものだ」と、ものを置き換えで例えることは誰しもよくやる。
そのさいコツとなるのは、例える先をできるだけ広く一般的なものにして、伝わる確率を高めることだ。その意味で、『とんかつDJアゲ太郎』ほど、伝わりやすさとインパクトを兼ね備えた比喩を掲げた作品もそうそうないだろう。おかげでクラブ文化になじみをもつ人間だけでなく、そっち方面の知識は薄い人間も読者として楽しやすさが確保されている。このバランス感よ。
単行本のコンテンツのレベルでもそのあたりは徹底されており、合間のおまけページには初心者向けクラブカルチャー入門テキストが挟み込まれていたりして、“面白く分かる”方向のエンタメ、しいて言うなら学研のひみつシリーズ的な趣がなんともいい味となっている(余談だが、単行本第1巻の表紙はとんかつを描いた部分が特殊加工でザラザラしており、カツの衣の手触りを再現する謎のこだわりぶりが楽しい)。
この、学習まんが的な趣はおそらく、アゲ太郎くんが音楽や人生を学ぶこと、また自分に足りないものを反省することに対して非常に誠実な心構えで造形されているところにも拠るだろう。
アゲ太郎は夢を追いかけるアツい少年主人公ではあるのだが、調子に乗りすぎて痛い目にあって……というありがちな引き戻しシチュが全121話通してほとんどないのだ(途中ほんのちょっぴりだけあったけどね)。
友達、ライバル、DJ分野の師匠、とんかつ道の師である父親といった人の縁に恵まれたアゲ太郎はいつも何かに感心したりリスペクトしたり、感謝したりしている。だから基本的にはアゲて落とすドラマの必要がなく、ストレートに右肩アガりで成長していくさまを気持ちよく追いかけることができるのである。
アゲたばかりのとんかつを冷ますヒマなんて与えないのだ!
ところで、本作の全体的なかたち、つまり「とんかつをキーアイテムとした都市型群像劇」という発想には具体的な元ネタがあるそうだ。単行本7巻に収録されている、原案担当イーピャオ氏の舞台裏テキストによると1963年の東宝映画『喜劇 とんかつ一代』がそうだという。
これは森繁久彌演じる元フランス料理コックのとんかつ屋が、跡を継がせたい息子や、ブタ殺しの名人・クロレラ研究者・謎のフランス人といった濃い面々とともにおりなす明るいコメディで、なるほどたしかにインスパイア元だと納得。
そうやって映画に刺激されて生まれたマンガが、やがて自身も映画になって劇場にかかることになるという巡り巡った感もまた味があるところだ。
実写アゲ太郎、時勢が落ち着いたら無事に公開されてほしいですねー。
©イーピャオ, 小山ゆうじろう/集英社