2020.08.01
ビジュアル系を題材に、高い画力を真顔でギャグにぶちこむ異色のコメディ作品!『民子とヴィジュアル系と。』 行徒, 河田雄志【おすすめ漫画】
『民子とヴィジュアル系と。』
ビジュアル系。
日本の音楽シーンにおいてロックバンドのひとつの方向性をあらわす肩書きである。その装いは時にゴシック的なもの、あるいはヘヴィメタル的なもの、または制服コスプレ的なものとさまざま。顔の白塗りなどもあわせ、妖艶な華やかさに歎美する音楽観を文字通りヴィジュアルから体現する存在だ。
1990年代、当初は「お化粧系」とも呼ばれたヴィジュアル系の概念はX JAPANを皮切りにSHAZNA、マリスミゼル、ラクリマクリスティー、ファナティッククライシスといったバンドがブレイクするのにあわせて一般に広まった。
2000年代に入る前後に(世間的には)いったん下火になったものの、新世代の台頭とともに再評価を受けたのち海外展開も活発に。2009年には国内初の大型ヴィジュアル系ロックフェスが開催され、またゴールデンボンバーがヴィジュアル系のエアーバンドという特色で国民的ヒットメイカーになるなど、その歴史には大きなうねりがみられる。
ときには見かけ優先として茶化すための呼び名としても使われた“ヴィジュアル系”だが、現在はおおむねフラットにそういうジャンルがあると認知されているといっていいだろう。
さて、以上は我々の現実世界のなりゆきだ。本日ご紹介するWebマンガ『民子とヴィジュアル系と。』では、いささか様子が異なっている。
端的にいうと、このマンガにおけるヴィジュアル系とはまるでSFやファンタジーでいう“種族”みたいなものだ。例えばエルフ・ドワーフ・獣人といった亜人族、または吸血鬼・ミュータント・超能力者のように人間から派生した超人種……。
もしもヴィジュアル系という肩書きが、そういう存在に相当する世界があったら? さらにそのヴィジュアル系たちが過酷な迫害を受け、地上から姿を消していたら?
そして、滅んだはずのヴィジュアル系に実は生き残りがいることを、思春期に悩むひとりの平凡な少女が知ってしまったら?
そんな奇想のもとで展開する、インパクトの強いファンタジーアドベンチャー(?)になっている。
劇中世界の情景はおおむね現実と同じだが、とにかく“ヴィジュアル系”のあつかいだけが突出して異様。大人たちはその名を忌まわしいものとしてタブー化し、十数年前に存在自体を禁じて「いなくなった」ものとしているのだ。
だが、ヴィジュアル系は死なない。
力を奪われ、記録を抹消され、封印されて大人の目には見えなくなってしまった彼らはもはや幽霊も同然だが、世界に憂鬱を感じてやまない多感な少年少女たちだけは心の波長を合わせて認識することができる。
生きづらさに傷つきあえぎ、救いを求める子供がいる時、ヴィジュアル系は闇の中から現れる。教室の片隅でため込まれた孤独と嘆きを解放し、世界を支配している何かに抵抗するための歌を唄い、音を奏でてくれる。これは少年少女とヴィジュアル系がともに紡ぐ、美しき逆襲の物語だ。がんばれヴィジュアル系! ぼくらのヴィジュアル系ーーー!!
……というわけで、『学園革命伝ミツルギ』『北斗の拳 イチゴ味』など、よく整った描き込みからなる高い画力を真顔でギャグにぶちこむマンガ原作者&作画担当の持ち味がまたいかんなく発揮された内容である。
劇中のヴィジュアル系たちが敵(ヴィジュアル系や少年少女を抑圧する大人たち)へ無理やりに歌を聴かせてヴィジュアル系キャラに生まれ変わらせたり、ヴィジュアル系が結界をはって周囲の風景を有利に書き換える能力の名が「世界観(PV)」だったりと、異能力バトル要素もやたら上手いこと題材にからめてある。
さらに面白いのは、ヴィジュアル系の設定が壮大極端なファンタジーではあっても、同時に現実のヴィジュアル系との重ね合わせをしっかり保っている点だ。
21世紀を目前にいないものあつかいされるようになった、というのは実際ヴィジュアル系が一時的に下火になった時代の寓意だし、そこからしぶとく命脈をつないで復興していくのもまた同様。
そしてヒロイン・民子ちゃんとのかかわりを通して、ヴィジュアル系という音楽ジャンルが担う精神的な使命──つまりは若い鬱屈への寄り添いが何度も念押しされるのも「そうなんだよな〜」と肯けてアツい。
例えば第7話にこんなフレーズがある。
「応援ソングで頑張れる奴らに用はないぜ!!」「我々はとっくにどうしていいのかわからない少年少女に会いにいくのだ!!」
名セリフすぎる……。ここは場面の流れとしてはコミカルなニュアンスも帯びているのだが、その奥にヴィジュアル系の芯をとらえた鋭い切り口を感じられる。
ヴィジュアル系を戯画化しつつ、一周まわってまっとうにアツい本作。webでは集英社「となりのヤングジャンプ」で連載配信中、単行本は去る7月17日に第1巻が発売されたところ。
この美麗なる笑いの世界に、ぜひ一度ふれてみていただきたい。
©行徒, 河田雄志/集英社