2020.08.08
魔王軍の四天王にのぼりつめるはずが、異動で人事課に…!? 新感覚のファンタジー×人事部コメディ!『魔王の人事』 紅村岬【おすすめ漫画】
『魔王の人事』
今回はWebマンガ配信サービス「GANMA!」の読者投票(2019年度)で読切版が好評を集めて連載化した『魔王の人事』をご紹介。
舞台は、数多の魔物たちを統べる魔王の居城。あわせて10のダンジョンから構成されるその場所で、ひとつの階層を守るエリートがいた。名前はイグエル。百戦錬磨のつわもので、いずれは魔王軍の四天王にのぼりつめるという野心を抱える悪魔の女性なのだが。
「今のお前では四天王にはなれないっぽいし」
そんな魔王様のふんわりした発言によって命じられた、突然の異動。送り込まれた部署は……人事課!
どうして百戦錬磨の軍人悪魔たる自分が!? なぜ失態もおかしてないのに左遷されなければならないのか。
ぐぬぬ、いつか返り咲いてやるぞ……と心に誓うイグエルだったが、いざ人事のお仕事を始めてみるとこれがなかなかに奥深い。
魔王城へ攻め込んでくる人間を撃退するためのダンジョンをうまく機能させるには、適切な能力をもった魔物をしかるべく活躍させる判断力が問われるからだ。適材適所あってこそ組織は活きる。組織で働く者を価値ある何ものかにする使命をになう人事課は、まさに組織と人をつなぐ生命線を握っている。
例えば、風の精霊がそよ風を吹かせて空調の仕事をしているステージで、暴走しがちな力のためにどうしても強風を放って施設を壊してしまう者がいた。
自分は役立たずだと悩むその精霊に、イグエルは頑丈な構造をもつダンジョンへの配置換えを指示。すると荒れ狂う疾風は侵入者を阻む強力な防備として役立ち、精霊は自信を取り戻す。
あるときは悩める魔物の長所を見出し、あるいは見境なく暴れる魔物の事情を調査し、様々な案件に向き合い学びを得ていくイグエルの行く先やいかに……。
という具合に、本作はいわばファンタジー世界の設定へ会社の職場ドラマを互換したような内容になっている。その趣向上、印象強く語られるセリフやエピソードの主題にはリアルのお仕事の芯も同時にとらえたものが多く、含蓄深い。
「人事において一番大事なのは力でも行動力でもない 人の心を見極める事だ 人の人生は力で捻じ伏せる事も行動のみで解決する事もあってはならないからね」
上のセリフを言うのはイグエルの上司となる人事部の部長さん。
彼は最弱の種族スライムなのだがひじょうに考えが深く貫禄があり、周囲の魔物からは敬意を払われている。本人がまさに力以外の大事なものを体現した存在だけに、イグエルに向かって説く人事論には説得力がある。人が人に説教する図では出せない趣だ。
そうして、ひとの本質をよく見て動かすことの意味にふれるイグエルの変化が本作の注目点だ。
最初は自分ひとりの武力を頼みに魔王の四天王へ成り上がろうとしていた彼女が、もっと大きくそれでいて細かい単位で周りと関われるようになるのは、足りなかったピースを埋める過程にも思えてくる。四天王、つまり組織の上層に立つ者になるという夢は遠ざかったように思われたが、実はむしろその道を進んでいるともいえるのではないか。
となると魔王様のあの言葉の真意は? イグエルを人事課へ送ったのは単なる気まぐれや冷遇するための左遷ではなく──? さて、本当のところはどうなのか。
読み進めるうち、じわじわと作品の題名『魔王の人事』が初見時よりも色を濃くしていく観がある。
©紅村岬/一迅社