2021.01.20
ゲーム世界から出られなくなったデバッガーが冒険する様を描いた、新たな異世界ファンタジー!『この世界は不完全すぎる』左藤真通【おすすめ漫画】
『この世界は不完全すぎる』
ゲーム世界に閉じ込められたデバッガーは、デバッグモードを使わずにいられるか問題
大きな体のシーフの男が、城門に身体を押し当ててズザー。地面を這い回りながらギョロギョロ。いくらファンタジー世界だからといえども、流石に奇行がすぎる。
かっこよさとは真逆の行動が多いのに、読みすすめるとかっこよく見えてくる愚直な男ハガが主人公のこの作品、描かれているのは「ゲーム世界から出られなくなったデバッガー」の物語だ。
城門や地面をやたら見たり触ったりしているのは、ポリゴンの穴がないかチェックするため。どこに行ってもこれを繰り返すのだから、地道すぎる作業に気が遠くなる。
あくまでもハガはデバッガーとして、ゲーム内アバターをまとって動いている状態なので本体は別にある。しかしゲームの中のNPCたちは、彼を流浪の旅人としか認識していない。
村の少女ニコラもそんなNPCの一人。彼女は本来ゲーム内イベントで死ぬ予定だった。というかデバッグ中にエラーが起きないかチェックするため、ハガの前で何度も死んでいる。NPCとはいえ、ゲームの中にいれば立派な人間。ハガは彼女が死ぬ姿を見るのが毎回忍びなくて仕方ない。
しかしなにかのきっかけで、ニコラが死なないルートが発生。彼女はハガについてきてしまい、2人でデバッグの旅に出ることになる。
ハガは出られないとわかってなお、毎日デバッグを続け運営に報告し、ゲーム内のバランスを修正し続けている。周囲から白い目で見られても黙々と続ける姿は、他のデバッガーやNPCたちから見て非常にクレイジー。そもそもやり続ける意味があるのかすらわからない。
デバッガーであるからには、バランスを変えられるデバッグモードを使う権限も一応ある。コンソールを入れれば地形を変えることも、無敵になることも、自由自在。これをゲームの中にいる時に使えば、チートでやりたい放題にできる。
出られなくなったデバッガーの中にはこのデバッグモードを使って好き勝手する人間もいる。NPCを何人殺せるかチャレンジをしたり、ヴァンパイアを拷問にかけて耐久実験を行ったり、女性NPCを裸にして女体ベッドを作ったり。
非人道的なビジュアルではあるが、相手はプログラムされたNPC。殺しても罪に問われない。こうなるともはや、倫理を守るのはプライドの問題になってくる。元に戻るのが絶望的な極限状態。自我を保ってデバッグモードを使わないでいられる方が狂気的だ。
2巻ではあるデバッガーのひとりが、愛して共に暮らしていたNPCが殺されてしまい、復讐に出る様子が描かれる。相手はデバッグモードでどうとでも世界を変えられる存在。ハガたちはデバッグモードを倫理的に使うことを拒否し、ゲーム内ルールを熟知することで正攻法を目指す。どう考えても不利でしかない。
無敵感あふれすぎる、絶対倒せなさそうなデバッグモードを使う人々だが、ゲームならではの落とし穴がある。移動軸がずれたら壁に埋まって動けなくなる。オーバーフローすると世界に姿が表現されなくなる。ポリゴンの隙間に挟まってしまうと永遠に出られなくなる。禁忌の果実に手を出すということは、死ぬよりも大きなリスクを背負うことになるようだ。
明確な敵がいる作品ではない。あくまでもハガの目的はデバッグであり、デバッグモードを乱用する人々から一旦権限を奪うことの方が重要。物語がドラマチックで派手になっても、その地道な部分は変わらない。
だからこそ、デバッグモードを使わないハガの生き方がすこぶるかっこいい。やっていることは恐ろしいほど遠回りで地道。飛んだりワープしたりも出来るはずなのに地面を這って歩く。まともにやりあったらまず勝てない中でも信念を貫き続ける人間の姿は、とても頼もしく見える。
なお、ボーンの入っていないTポーズ、処理落ち、日本語化エラーなどメタなバグあるあるが満載。ゲーマーならニヤニヤできるシーンが多い作品だ。
©左藤真通/講談社