2021.05.14
人生に絶望した男と、亡き姉の子と暮らす女。複雑に絡み合う人生を描く、残酷で温かなヒューマンドラマ。『ユア・マイ・サン』茜田千【おすすめ漫画】
『ユア・マイ・サン』
『さらば、佳き日』や、映画化もされたBL作品『ひだまりが聴こえる』などを描かれている茜田千先生の新作『ユア・マイ・サン』が発売となりました。それではあらすじを紹介しましょう。
人生に絶望した男と、亡き姉の子と暮らす女。出会うべくして出会ったふたり。心ない親の下で幼少期を過ごし、やがて天涯孤独になった陽介。どん底で出会ったのが、亡き姉の子・ケンジと暮らすナツキだった。けれど、陽だまりのような日々は突然、手のひらからこぼれ落ちてしまう。……そっくりな耳をした、陽介とケンジを残して。茜田千が紡ぐ、残酷で温かい、人生の物語。
複雑に絡み合う人生
物語で描かれるのは、表紙に描かれている3人。ぱっと見、仲睦まじい親子という風に映りますが、実はこの3人、ちょっと複雑な関係。生活は共にしているものの、あらすじ紹介にも書かれている通り、小さな男の子と女性は親子ではなく、姉の遺児を引き取り育てています。そして男性は、女性と同僚であり恋人のような関係ではあるものの、籍を入れているわけでもなく、あくまで同居人という関係性。
物語は3人の穏やかな日常風景が描かれるのですが、早々に女性が事故死。その後、遺された男性・陽介が、同じく遺されたケンジを引き取り、育てていくことになります。
てっきりこの2人のその後の生活が描かれていくのかと思ったのですが、そこはあまり細かく描かれることはありません。どちらかというと、この3人がどのように生まれ育ち、どのような思いを抱えて生き抜き、出会い、共に過ごしたか……といった、過去にフォーカスが当てられていきます。
偶然と必然
主人公の陽介は、その存在を実の母親に疎まれ、ネグレクトに遭い、小学生の時に施設に引き取られます。施設に入って以降も、周囲の心無い言葉や悪意にさらされ、自分の居場所を見出せない日々。あらすじ紹介で「人生のどん底」と表現されていますが、むしろどこがどん底なのか分からないぐらい、ずっと「底」といったような、暗く冷たい人生を歩んでいます。
そんな彼と出会い、手を差し伸べる女性・ナツキと、その連れ子・ケンジ。彼らもまた悲しい過去を抱えているのですが、そんな素振りも見せずに陽介を受け入れ、彼にはじめての居場所を与えてくれるのです。その出会いは本当に偶然も偶然。陽介からとってみたら、降って湧いたような、幸運な偶然なのですが、物語を最後まで読むと、それは運命に導かれた必然であることが分かるんですよね。
1話ごとに結構時間軸が飛んでいき、若干の戸惑いを覚えるものの、そこはさすがの表現力と構成力、最後まで読むと、各話のつながりと意味がピタッとはまり、見事な一つの物語が出来上がります。ケンジがなぜ最初から陽介になついたのか、なんで同じ耳なのか、そういった「たまたま」が、ふとした時に「あ、そうじゃないのかも」と気づかされる瞬間、ドバっと感動の波が押し寄せるんですよ。
どストレートな感動もの
表紙といい、タイトルといい、もう一切のひねりなし。どストレートの感動ものですから、ハマる人はどハマりすることでしょう。『さらば、佳き日』や『陽だまりがきこえる』でも描かれているような、周囲の理解の無さ、持って生まれたハンデキャップ、無邪気な悪意、そしてそれらに晒されることで生まれる生き辛さとマイノリティ感……こんなエッセンスで構成されており、茜田千先生ファンもそのまんま楽しむことが出来る作りになっているかと思います。
表向き、繊細で優しい、触れると壊れてしまいそうな物語のように見せておいて(実際、キャラクターたちはそんな感じ)、その物語の骨格=構成はとんでもなくしっかりしていて、一本の太い糸で力強く引っ張られているような印象すら受けます。
非常にドラマチックではあるのですが、一方で感動を生み出すために人を2人殺しているわけでもあり、そのわざとらしさというか、行き過ぎたフィクション臭さに違和感を覚える人も一定数いそうだな、とは思います。私はどちらかというと、こっちなのですが。でもネットで感想漁ると、やっぱりポジティブな反応多いんですよね。その辺の、読者の受け取り方含めて興味がございます。
いずれにせよ、読者に対してポジティブでもネガティブでも、強い反応を生み出す力を持っているだけの物語になっているのは確か。さあ、あなたもまずは読んでみて、感想をツイートしてみましょう!
©茜田千/祥伝社