2021.05.19

大正12年、4人の女学生たちが挑むドタバタ同人誌制作記!『おとめ失格』カイコユキ【おすすめ漫画】

『おとめ失格』

大正12年、女学生たちが挑むドタバタ同人誌制作記

今の時代「同人誌」といえばコミケやコミティアなどで個人が制作して頒布するもの、いわゆる「薄い本」というイメージだ。その源流にあるのは、明治・大正時代の「同人誌」

雑誌に掲載せず自由な発表の場として自費で雑誌を作ってしまおう、という考え方で尾崎紅葉らが「我楽多文庫」を作り始め、後に武者小路実篤や梶井基次郎、芥川龍之介、志賀直哉なども様々な同人誌に参加している。思想性の違いはあれども、自由な創作の場の自費出版という点では今と同じだ。

おとめ失格』は大正12年の女学生たちが同人誌を作るコメディ作品。当時の同人誌は作るのが半端じゃなく大変。すべての出版物は内務省に提出しなければいけないし、印刷代も勤め人の月給レベルで手が届かない。加えて縁談を探せと急かす家族もいる。

若いおなごには荷が重いものの、それでも同人誌を出したいと奔走するのは、己を偽らず世界を描けることへの憧れゆえ。「趣味を共にする仲間との青春物語」の大正版といった面持ちで、気軽に読める。

制作に参加しているのは4人。趣味を人に言えずこっそり文芸を嗜んでいた平松惠(ひらまつ・めぐみ)。帰国子女で大衆文学が大好き、あけっぴろげに趣味の話も自分の作品の話もする中園美禰子(なかぞの・みねこ)。殿方ふたりの関係性妄想のはかどりが尋常じゃない、背の小さな西園寺小夜子(さいおんじ・さよこ)。特に何も書かないけど3人の良き理解者である風早凛子(かぜはや・りんこ)。

4人の大正おとめは、自作小説の同人誌制作に憧れ力を寄せ合った。何をすればいいかわからないままだったが、手探りしながら表現を形にしたいと情熱を高める。とはいえやっぱり、世間知らずの女学生なのは変わらずなので、夢は見れどもなかなか前に進まず踏んだり蹴ったり。

現在の同人誌文化とのシンクロもユニークだ。平松惠は魔術読本などが好きで、漢字とカタカナが多いラノベスタイル。中園美禰子は当時の名作(夏目漱石の「こころ」など)のハッピーエンド二次創作を制作しており、主人公の名前欄は空白にして自分の名前を書き入れる、いわゆる夢小説。西園寺小夜子は男と男のシチュエーションの想像で脳が活発に動き出し筆が進む、今のBL作家型。

彼女たちの執筆スタイルの一部は、現実にあった話のパロディになっている。例えば中園美禰子は森鴎外「舞姫」のラストの悲劇を幸せにさせるべく、創作の主人公を登場させてヒロインのエリスを救う小説を執筆している。これは当時「舞姫」の二次創作として別のキャラが主人公をボコボコにする作品が実際にあったことのパロディ(詳しくは「「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本」という本に解説されている)。

当時から娯楽創作で自由奔放なものはあったし、それを大正おとめたちは目にしていたのだ。文学の二次創作を好き勝手書いているのはおかしなことではない。

4人の集まる空間が楽しいのは、自分たちの好きなものをオープンにできているからだ。平松惠は自分の好きな小説の話をすると周囲が興味を失ったり叱られたりした経験があったため、自分の趣味をひた隠しにしていた、今で言うところの隠れオタク。同好の士を探すのは、ネットのある今と違い困難極まりないのだから、仲間が集った今作品として形に残したいと願うのは当然のこと。

「私達はそうやっていずれいなくなる私達のために 同人誌を作りたいのです」

情熱的でポジティブな中園美禰子の語る発言は、若者の力強さにあふれている。

そもそも作って売れるものなのか、お金はどうするのか、作った後どうするのかなど、現実的な問題にもチラッと触れられているが、それはまた後の話。集まって語り合う彼女たちの至福の青春模様を、今の時代と比較しながら楽しく読める作品だ。

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