2021.06.02
戦後日本を笑顔にする、歌い、踊り、飛び跳ねる女の子のジャズドラマ!『スインギンドラゴンタイガーブギ』灰田高鴻【おすすめ漫画】
『スインギンドラゴンタイガーブギ』
戦後日本を笑顔にする、歌い、踊り、飛び跳ねる女の子のジャズ
NHKの朝ドラでがっつりお金をかけてドラマ化してほしい作品は?と聞かれたら、今回紹介する『スインギンドラゴンタイガーブギ』をまっさきにあげたい。戦後間もない時期のジャズ演奏シーン山盛りのこの作品、なんとかこの漫画の熱気を、リアルに再現できないものか。朝ドラ的要素は一通り揃っているんだ。
昭和26年、田舎から人探しのために上京してきた女の子、諏訪於菟(すわ・おと)通称寅年生まれの「トラ」。彼女は人探しの手がかりとして大きなウッドベースを持って歩いていた。路上で目立つように演奏をしていたところ、下手くそさ加減に呆れたベーシストの男性が見るに見かねて調弦し、お手本になる演奏を始める。その音にしびれたトラはたまらず自由気ままに踊り、歌う。ふたりの華やかさは多くの街行く人をまたたく間に引き寄せた。
ベーシストの男性と一緒にいたバンドリーダーの丸山眞樹夫(まるやま・まきお)は彼女の持つ才能をひと目で見抜く。トラをアメリカの進駐軍が集まるクラブでの演奏に参加するよう引き込み、荒くれた男たちの前でジャズを演奏する舞台にあがらせた。
戦後間もなく、敗戦して余裕がなかった日本が、自分たちの心躍る音楽と向き合って文化を再生していく物語……と書くと難しそうだが、文化の闘いをトラという一人の女の子の成長にかけて描いているので、非常に読みやすい。
貧しくささくれ気味な日本の空気感と、まだ他の戦争が終わらずひりついたアメリカ兵士たち。生きづらい空間の中、深いことを考えず心の赴くままに楽しいジャズを元気いっぱい歌うトラの姿は、とてもまぶしい。米ソの世界情勢や貧しさの問題など難しい部分も数多く盛り込まれているが、全てはトラがはしゃいで歌うことで吹っ飛ぶ痛快さがある。
巻数が進むにつれてトラがどう音楽に向き合うのか悩んでいく様子は、芸能界というリアルな話題に巻き込まれることで緊張感が出てきてハラハラさせられる。トラが考え悩むほどに、楽しく歌う姿は減っていく。歌いたいのに、歌い続けるためにブレーキを踏まねばいけない大人の社会。まるで当時の日本での文化の息苦しさそのものだ。
だからこそ読者側が、もっとバンドのみんなと楽しそうに歌って踊って、パワーを送ってくれるようなトラのジャズが見たくてたまらなくなるのが、この作品の真骨頂。1巻ではトラとベーシストがタガをかけず音楽を奏でており、紙面から音が聞こえてくるかの如きセッションが描かれている。一緒にいるバンドメンバーが弾かずにいられなくなるくらいの、ハッピーなテンションだ。ワクワクする「音楽」が社会の仕組みを貫く瞬間をたっぷり見たいけれども、今はまだ溜めの時間のようだ。
現時点で4巻まで発売されているこの作品、特に4巻は自由に歌えずトラの鬱屈が最高潮になっている巻なので、読んでいてしんどくなる部分も多い。けれどもここからトラが、自分の愛する音楽のために飛び立つカタルシスが来るのを期待したい。なんせ一つの巻に一回は必ず、ハッピーなバンドの演奏シーンが描かれているのだから、いつかまた爆発するはずだと信じたい。
「あ~やっぱいいよね! 久しぶりだ~この感じ!!」というトラのやんちゃな笑顔が、日本人を、読者を元気にしてくれたなら、それこそがこの漫画で描こうとしている音楽の最高のあり方なのだろう。でもやっぱり、実際の動きと音で聴いてみたい…ドラマ化希望です。
©灰田高鴻/講談社