2021.10.06
人類が滅びようとも、バイクで駆け抜ける世界は結構美しい。終末世界を2人の少女がバイクで駆け回る異色のツーリングコミック!『終末ツーリング』さいとー栄【おすすめ漫画】
『終末ツーリング』
人類が滅びようとも、バイクで駆け抜ける世界は結構美しい
「終末世界」という単語には、悲しさと諦念がどうやっても漂う。けれどもこの作品に出てくるヨーコとアイリはほぼずっと笑顔だ。人ひとりいない死んだ街をバイクで駆け抜けながら、見るもの全てに感動をしつつツーリングしている。寂しさに慣れきってしまったわけでも、ネジがとんだわけでもない。本当に楽しんでいる。
元々シェルターに住んでいた人間のヨーコと、身体に機械的機能が搭載されているアイリ。ふたりはずっとシェルターにいたから外の世界を全く知らない。完全に守られた空間で、お姉ちゃんと言われる存在と通信する日々は二人にとってそこまで悪いものではなかったが、ヨーコはどうしても「外」に興味があった。
お姉ちゃんがスマホに残した、かつての滅びる前を撮影したスマホの中の写真を頼りに、バイクに乗ってふたりは外に飛び出す。箱根、横須賀、世田谷、有明、秋葉原、木更津……今は何年なのか、世界に何が起きたのかも作中ではまだ全くわからない。写真の場所はまだ栄えていたけれども、全く一緒のところに行っても荒廃しきって人が誰もいないことだけは確か。けれども、ヨーコとアイリは楽しそうだ。
描かれる終末世界自体は、悲劇を感じさせる哀しい空間だ。人の死体があり、自立式のAIは孤独に動き続け、海面はあがり街は水没している。ビルはまるでお墓だ。ヨーコの「東京かぁ 本当に真っ暗」という発言は、さすがに彼女も終末のさみしさを肌に感じてはいるようだ。
しかし「体験」を全くしてこなかったヨーコにとって、終末世界の何もかもが新鮮で美しく見える、というのがこの作品のミソだ。たとえば動物園から脱走して繁殖した虎を秋葉原で始めてみた時、彼女は逃げることなく息を潜めて興奮していた。
「こんなキレイな生き物っているんだ…」。
夜の嵐の激しすぎる雷雨とウミホタルを見ながら「見れちゃったね 夜景…」とつぶやく。
「この世界ってスゴイね あんなに残酷だったのにこんなにもキレイだったりして すっごく予測不可能ですっごく怖いや」「だからだよね こんなにドキドキしてる…これだから旅はやめられないっ!」
シェルターにいた彼女にとって「危険」「恐怖」も興奮する初めての体験で、楽しいらしい。哀しい廃墟や草まみれの道路も、ワクワクでいっぱい。新しいものを見つけると「ステキだね!」と笑顔になる。
隔離された生活をしてきたとはいえども、生き死にの感覚はあるようだ。しかし冒険のワクワクが生への執着を上回っている。虎の姿に感動したとき「あんなキレイな生き物に食べられちゃうなら本望かも」とまで言っている。
決して死にたがりではないのだが、少なくとも読者側の「終わりの感覚」と、彼女のシェルターしか知らない感覚は、根本的に大きく異なっている。だからこそ、この死んだ世界の美しさを感じ取るアンテナが高く、彼女の感動を読者は思わぬ角度で体験できる。
ヨーコとアイリ視点には今は悲劇感はない、楽しいツーリング漫画だ。しかしよく見ると、端々に滅びた時の人々の悲痛さや恐怖、終末世界の危険さが見え隠れする。危なっかしいことをしすぎるので、おそらく今のままのノリではどこかで痛い目にあうだろう。時折ヨーコは、人の沢山いた世界の幻影を見ることもある。どうやらこの世界が滅びた理由も描かれていきそうだ。
そもそもこの世界にまだ他に人がいるんだろうか。もう繁殖もできないヨーコたちの楽しく残酷な旅は、人間世界のほんとうの終わりの最後の輝きか、あるいは生への執着が今後芽生えていくのか。何があったか明かされずこのままツーリングする様子は正直楽しいので見続けたい。
けれども、シェルターにいた日々の間に人間にどんな惨劇が起きたのか、ヨーコらが知った時に旅がどうなってしまうのかは、非常に気になるところだ。それでも、世界は美しいとヨーコとアイリは感じられるんだろうか。
©さいとー栄/KADOKAWA