2018.03.16
【日替わりレビュー:金曜日】『とある日常の奇跡』天堂きりん
『とある日常の奇跡』
ドラマも好調な『きみが心に棲みついた』の天堂きりん先生の短編集、『とある日常の奇跡』が2月に発売されました。
すこしの毒に遊びゴコロ、やわらかな愛に満ちた4タイトル、5話を収録。
レーベルこそ祥伝社の「FCSwing」(フィールヤングの系統)ですが、初出は『ジャンプ改』『ガールズジャンプ』『Kiss』『BE・LOVE』と、出版社も媒体も様々。……あれ、というかむしろ祥伝社での掲載作が無いですね。
掲載誌が違えば、当然ターゲット層も変わってきますし、物語のテイストも変わってくるもの。確かに主人公の性別も年齢も違えば、雰囲気も苦酸っぱかったり、甘かったり。
けれど、不思議なことに、1冊にまとめられると不思議と統一感のある物語集に感じられるのですよね。それは、根底に天堂きりん節が流れているからなのかもしれません。
セクシーさ際立つ『クライムクライ』
冒頭に収録されている『クライムクライ』は、冴えない地味な男性が主人公。男の噂の絶えない同僚の飯田さんの存在が、平静な彼の心をかき乱すというお話。
特筆すべきはその飯田さんのセクシーさ。デフォルメが強い天堂きりん先生の絵柄でも、“男の心を掴んで離さない”というのが一瞬で納得できるほどに、その御姿が美しくてエロいのです。
読み終わりその印象しか残らないほどにセクシーでした。
男として身につまされる『とある日常の奇跡』
表題作にもなっている『とある日常の奇跡』は、1タイトルで2話が収録されています。どちらも冴えない男子が、ひょんなことから絶世の美女(?)と出会うラブコメディ。
?マークが付くその理由は、読んでからのお楽しみ。他の作品に比べると、比較的明るくて気楽に読める物語で、一冊の中で良いアクセントになっています。
第一印象が最悪でも、ふと美人に見えてしまったら、手を出さずにはいられない。そんな一時の感情で突っ走ってしまう男の短絡さや馬鹿さ加減が良く描かれており、読んでいて身につまされる思いが…。
シンプルに勇気づけられる『モノi』
『モノi』は、前編・後編の比較的長めの物語。
出来が良く人気者の妹へのコンプレックスから、脇役を自覚しているヒロイン・杏。そんな彼女の前に、子供の時から脇役キャラで、今も冴えないのに、やけに自信満々な男・アキトが現れ……というところからはじまります。
自分は主人公にはなれないという諦めの感情が支配する杏のやるせなさが切なく、そして、そんな彼女に変化をもたらすアキトの行動や言葉が、なんだかやけに心に沁みます。
気持ちのアップダウンがキレイに描かれており、個人的にはこのお話が一番素敵に感じられました。読んでいて、シンプルに勇気づけられる作品です。
デリケートな題材も巧みに”物語”に昇華『春の虹』
最後に収録されている『春の虹』は小学生が主人公のお話。
よくわからない神様を信じているちょっと変わったクラスメイト・本田さんとの関係を描くハートフルストーリー。宗教にハマる親を持つ子供との関わり合いという、少しデリケートな題材なのですが、それらの設定をしっかりと使いつつ、1対1の人間としての関係がしっかりと描かれており、天堂きりん先生のストーリーテリング力の高さを感じることができます。
また読後感の良さは他のどの作品よりも温かで、最後を締めくくるに相応しいお話だったと思います。気持ちよく本を閉じられることでしょう。
子供が主人公の『春の虹』を除けば、どのお話にも共通しているのは、主人公の「諦めの気持ち」でしょうか。
諦めの中で、奥に隠していた感情がとある出来事をきっかけにむくむくと顔を出し、いつもとは違う方向に転がっていく。明るく楽しい雰囲気の物語の中にも、ほんのりとした切なさややるせなさが感じられ、なんとも言えない味わい深さを醸し出しています。
日常に潜むほろ苦い感情を抜き取る上手さを存分に感じられる、自信を持っておすすめできる短編集です。
「天堂きりん」の過去作品
©天堂きりん/祥伝社