2018.07.08
【日替わりレビュー:日曜日】『ひさかたのおと』石井明日香
『ひさかたのおと』
例年に比べかなり早めの梅雨明けが宣言されてから、めっきり暑くなり夏を感じる毎日。こう夏らしい日々が続くと、海や山に遊びに出かけたり、もしくは島なんかに行って避暑したくなるものですよね。
そんな風に思っている方にぜひ一読をおすすめしたいのが、この『ひさかたのおと』。田舎の島を舞台にしており、夏の中にある爽やかさや自然の豊かさを感じさせてくれる作品です。
小笠原周辺の小さな島「青島」に赴任することになったカタブツ教師・巽(たつみ)は、自分の常識では計り知れない現象にあう。それはいつからか忘れてしまったような、自然のもたらすあたたかいファンタジー。彼は歓迎されているのか、それとも……? 青い島がいざなう、五感の向こう側。それは日常に紛れそびれた、ほんの一瞬の奇跡。(公式あらすじより抜粋)
作者の石井明日香先生は、アフタヌーン四季賞2014年冬のコンテストにて準入選、そして2015年冬の四季賞受賞を経て、本作でデビューとなりました。
主人公の巽は、幼少の頃に「青島」で過ごした過去はあったのですが、幼かった頃ゆえに自分ではあまり記憶がなく、最初は島の人々の距離感にも戸惑ってしまいます。また島に来た初日からある不思議な体験をするのですが、それについても学問的・科学的理由に裏付け、「この世のすべて 説明できないものはない」とお堅い対応。自分から壁を作っていました。
ただ、巽は特に不思議な現象が「視える」人でした。毎日のように、不思議で奇妙だけど美しい、この世ならざるもの達と向かい合い、また幼なじみや自分の生徒など近しい人をはじめ島の人々とふれ合っていくうちに、徐々に「新しく出会ったものを無理に今までの型にはめなくてもいい」と思うようになっていきます。
「目に映るものを受け入れるのはそれが見える自分も受け入れてあげることだ」と。
島の中には「視える」人もいればそうでない人もいるのですが、自分とは違うものとして見るのではなくお互いそれはそういう当たり前のものとして共存しており、そういった寛容な島の環境も彼の心の変化に作用をしたのでしょう。
また、劇中に登場する不思議な存在たちは、お化けや妖怪といった、怖いニュアンスの怪異ではなく、日常の生活に根付いたお隣さん、といったような印象があり、優しく、温かい。物語の中でいくつかドラマは起こりはしますが、終始雰囲気は穏やかでまさに島時間が流れているかのようにゆっくりとお話が紡がれていきます。
都会であくせく働いて疲れた心に、自分の故郷に戻ったかのような癒しも得ることができる、ほっこりする一作です。
つい先日発売した2巻で完結、と手に取りやすい作品でもありますので、初夏の読書タイムにぜひ一時の清涼剤としてご覧ください。
©石井明日香/講談社