2018.11.03

【日替わりレビュー:土曜日】『人馬』墨佳遼

『人馬』

半人半馬。洋の東西を問わず古来から現代まで、人々の想像をあそばせるモチーフとして息づく存在である。

「ケンタウロス」は馬の四つ足胴体を下半身として、人間の上半身がついているギリシア神話の怪物種だ。古今のファンタジー作品によく登場するので長々と説明するまでもないだろう。

また、紀元前四世紀付近に中国で成立した伝奇書として有名な『山海経』には、釘霊国という国に暮らす異形の民が紹介されている。二足歩行の人型ではあるが、膝から下が馬のように毛が生えて足先がヒヅメになっており、自分自身にムチ打つことで一日に数百里を駆けることができるという。

三世紀前後の『魏略』にも、馬のような脚をもって馬より早く走る民がいる馬脛国という地の伝説が語られている。

さて、今回ご紹介する『人馬』は上記のような由緒正しい架空種族である半人半馬を題材としつつ、本作独特の形に洗練をとげた鮮烈なマンガである。

舞台は、中世日本を思わせる和風ファンタジーの戦国時代。人間たちに狩られて無理やり使役される“人馬”たちの過酷な運命を描いた秀作だ。

物語の柱となるのは、ふたりの人馬。

ひとりは、己と仲間を狙う人間たちを百以上も返り討ちにしながらついに捕らわれた、“赤毛の岩虎”こと「松風」。荒くれた言動と大柄で屈強な肉体、剛力をそなえた山賊である。そしてもうひとりは、たおやかなほどに青白い細身に切り落とされた両腕の欠損が痛ましい、葦毛の駿馬「小雲雀(こひばり)」。調教されて人間に従順なふりをしつつ、脱出の機会をうかがっていた知恵者だ。

動と静、剛と柔

何かと対照的なふたりが、自分たちを戦争の、労働の、時に性的な意味での道具としかみなさない勝手な人間に対する怒りを共有して、いざ脱走! と駆けだす序盤の2話を読んでしまえばもう人馬ワールドに惹き込まれること請け合い。逃避行の中で強まっていく松風と小雲雀の絆、押し付けられるさだめに抗う彼らの意志、生きる力のほとばしりがぐいぐいと読者を魅了していく。

ざくっとした骨太の描線で陰影をうまくきかせた絵面はアクション性が高いシーンになるとまるで燃え盛る炎に照らされたような迫力に満ち、キャラクターがもつ精神的熱量の高さをストレートに伝えてくる。物語が絵にドライブするこの感覚こそは、マンガというメディアの醍醐味といえる。

なにより本作の美点は、人馬という強烈なキャラクターを造形する上で、まず「そのキャラクターが生きるのはどういう世界か」というところからきっりおさえてあるところだ。もちろん創作術としては基本中の基本ではあるだろうが、実際それを必要十分にやりきってくれる例というのは案外と貴重だったりする。

本作は「マトグロッソ」における連載が第一部の完結を迎え、現在は松風たちの息子世代を軸とした第二部で戦国時代の後に訪れた世の中の移り変わりにふれている。

変化を描けるということはつまり、変化する前に「どういう世界だったか」を示せていたということに他ならない。

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miyamo

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