2019.03.05
【マンガレビュー】『外天楼』石黒正数【圧巻の構成で展開される極上のSFミステリ!】
『外天楼』
「メイド!」
嵐山歩鳥の予想がつかない言動、前フリとオチの見事さ、日常の中に侵食する非日常のSF(ちょっと・ふしぎ)。『それでも町は廻っている』は繰り返し読んでは楽しめる傑作マンガです。
ところが同じ作者の『外天楼』は、かなりテイストが違っています。読後に切ない気持ちになるのですが、一巻完結の『外天楼』に一生記憶に残るインパクトを受けました。ホントに『それ町』と同じ作者!?
いえ、裏切られたということではなく、ここまで振り幅を持たせられるのかという、幅広い作風を持つ作家への賛辞。石黒正数先生は、何を描いても面白い。
外天楼と呼ばれる、増改築を繰り返した建物群を舞台にした群像劇。冒頭から、エロ本を求める少年たちの微笑ましいエピソードから始まります。そこで繰り広げられる謎の解き明かし。北村薫や米澤穂信のような日常ミステリものかと思っていたら、次の話は宇宙刑事の話、ロボットの話、と短編が続きます。
ひとつひとつの話にユーモアが散見されていて、オチがヒネっていたり、とにかく飽きさせない。エロ本の買い方で「女神の棚」だの「悪魔の羽ばたき」だの命名する、バカ男子の行動。身勝手な推理で周りを巻き込む捜査一課の桜場冴子がホントに好きで、第4話の先輩刑事が三回落とされるギャグが、読み返すたび声に出して笑ってしまいます。繰り返し体験しても、笑いが摩耗しない。これはすごいことですよ。
これら前半に描かれたバラバラな出来事や事件が、中盤以降、すべて繋がっていきます。やがてひとつの大きなうねりとなって、衝撃のラストシーンにたどり着く。「それ町」でも時系列バラバラの各話が、16巻完結してから読み返すとエピソード同士が繋がっていて感動しました。
「外天楼」でも同種のカタルシスがこれ1冊で味わえます。
エロ本の話を読んでいたはずなのに、「外天楼」を読み終えると「人間とは、命とは、幸せとは何か……?」と哲学してしまう。特に印象に残ったのはロボットにまつわる話です。
「様々な矛盾を時と場合によって出したり引っ込めたりしながら、厚かましく生きていられるのは人間だからだ」
という台詞が出てきます。劇中で研究していた人工知能は、その矛盾に耐えられずに自殺するそうで。人間が抱える感情の齟齬を的確に表現しています。ロボットを通して人間を視る。古典SFの色濃い血を感じます。
藤子・F・不二雄先生に多大な影響を受けたと公言する石黒正数先生。『ドラえもん』から『ミノタウロスの皿』までの幅広い作家性を受け継いでいると、『外天楼』で感じた次第です。
©石黒正数/講談社