2019.06.29
BLをこよなく愛好する社会人女性がゆかいな仲間たちと繰り広げる、実録コメディ!『腐女子のつづ井さん』つづ井【おすすめ漫画】
『腐女子のつづ井さん』
今年5月下旬、文藝春秋が発行するライフスタイル誌「CREA」公式サイトのWebエッセイマンガ部門で、とある新連載が始まった。題は『裸一貫! つづ井さん』。そう、かの『腐女子のつづ井さん』の続編である。
いいタイミングなので、本日はおさらいがてら前作のほうをピックアップしよう。
『腐女子のつづ井さん』は2015年からTwitter上で公開され大人気を博した絵日記マンガをもとに、2016年より書籍化やWeb媒体での連載化が進み、大いに話題を集めたタイトル。
BLをこよなく愛好する社会人女性がゆかいな仲間とくりひろげる、腐女子&夢女子な生活をざっくばらんにつづった実録コメディである。
好きなアニメキャラクターの身長設定に合わせて部屋の壁に付箋を貼り、背の高さをリアルに確認しては「おそらくここくらいの位置に目があって…かっこいい~~~まるでそこにいるかのようだ~~」「複数並べると身長差わかって楽しいかわいい」と臨場感に興奮する。
友人とアニメ鑑賞中、出てきたキャラの“攻め”か“受け”かの解釈で割れた時には相撲をとって平和的に発散する。
昔なつかしい女児向けアニメを一気見するにあたり駄菓子を用意してテレビに向かい「かわいいー」「かっこいいー」と語彙が死んだ声援を上げ、「女児だからがまんできない」と勢いあまって続編のDVDボックスを魔法のカード(クレジット)で注文する。
12月24日に気の合う仲間で集まり、それぞれが自分の恋人だと“夢”妄想しているキャラクターからもらったという設定でプレゼントを披露、なれそめからふだんのお付き合いまで架空のエピソードを事細かに説明して、本当に彼氏がいそう度合いを競う地獄のクリスマス選手権を開催する……。
どこをとっても奇行とお戯れのオンパレード。それでいて、「いや、行為はともかくそうしたくなる気持ちってのはなんか分かるかも」と思える絶妙なバランスが素晴らしい。
作品やキャラクターに対して本気で泣き笑いする体験の充実感、またジャンル違いを尊重しながら盛り上がれる友達がいることのありがたみ等、マニアな生活ならではのよろこびが気取らず示されるので、読んでいるこちらも「ああいいねえ、楽しそうだねえ」と素直に微笑ましくなれるのだ。
世間一般のいいオトナの道から外れているのは承知している。正気の沙汰はしばしば超えるし、キモい・キショいとは自分たち自身でも思うことはある。
ただし「暗い趣味だけど」とか「馬鹿にされるようなことだけど」みたいにいったん下げてから肯定するような回り道を、つづ井さんと仲間たちは選ばない。いやあ楽しいですわ! と正面まっすぐの全力投球である。
ふと思い出したのが、『はてしない物語』『モモ』で知られるファンタジー文芸の大家ミヒャエル・エンデが『オリーブの森で語り合う』という鼎談録のなかで現実とファンタジーの関係を論じたくだりである。
それは子どもが砂場で遊ぶ図に例えられる。子どもは砂で作ったお団子を本気でお団子としてあつかえるが、“同時に”砂の団子を食べようとする人間に「それは砂だよ」と言うこともできる。砂団子を団子とする遊びは中断しないままにである。
現実の平面と想像の平面がそのままあって互いを壊すことなく重なる場所に立つ、それこそが想像する者だ。本当に現実と空想の区別ができるというのは、現実の尺度で想像を壊すことではない。フィクションをフィクションのまま丸ごと取り込んで自分の生を満喫できるほうが、ある意味で成熟度が高い現実生活なのだ。
つづ井さんたちは自分が好きなものの価値を貶めないし、それを好きになる自分を卑下も驕りもしない。好きなものが架空の存在であることを承知しつつも冷めたメタ視点に退かず、本気で思い込み、関わることができる。しかもそれを複数の人間で共有できる! ……この、もはや哲学的な趣さえ漂う清々しい人間像。
「カリオストロの城」でルパン三世を見送って「なんと気持ちのいい連中だろう」とつぶやいた庭師の老人みたいな感慨がわく。そんなマンガである。
©つづ井/KADOKAWA