2019.07.13
ハイテンションな雪女が真夏の太陽にケンカを売っては七転八倒する妖怪コメディ!『とけだせ! みぞれちゃん』足袋はなお【おすすめ漫画】
『とけだせ! みぞれちゃん』
妖怪「雪女」。そのイメージといえば?
北陸地方の雪山深くにたたずむ、真っ白い着物をきた不気味な女。遭遇した旅人や山の猟師に向けて口から冷気を吹きつけ凍死させ、時には精気を吸い取って殺す、恐るべき怪異。それでいて人間の男に嫁入りして、情を交わしながらも悲恋に終わる異類婚姻譚のヒロイン。暗く、静かで、冷たく、はかない──そんな感じだろう。
だが、本日おすすめするマンガはそんなイメージと正反対。ハイテンションな雪女が真夏の太陽にケンカを売ってはドロドロにとけて七転八倒するさまを描いた妖怪コメディ、その名も『とけだせ! みぞれちゃん』である。
冬が終われば消えてしまう、それが雪のさだめ。誰かが路上に作った雪だるまも、春より先に見かけることはない。当たり前ではある。
しかしある年、ひとりの女児がその当たり前を忍びなく思った。田舎暮らしの若い叔母・はる姉の家へ遊びに来ていた小学生、ひまりちゃんだ。彼女は雪だるまさんをはる姉の家の冷凍庫へ入れ、次に来た時また会おうとしたのである。はる姉はそんな可愛らしい思いつきを尊重し、冷凍庫をそのままにしておいた。
そして、冬を越し、春が過ぎ、夏がやってくる。
予定通り姪っ子が遊びにくるので、雪だるまの様子を見るべく冷凍庫をあけてみたはる姉はビックリ仰天。中に入っていたのは手足をバキバキに折りたたまれてみっちり箱詰め状態の、見知らぬ少女だったのだ。
まさか殺人事件!? 死体遺棄!? 遺体損壊!? ビビりあがるはる姉の前で、なんとのっそり動き出す冷凍少女。彼女は大笑いするや、こう叫んだ。
「やった! ついにやったぞ!! 雪(からだ)を有したまま夏を迎えることができた!! 雪女の私が!!」
そう、ひまりちゃんが保護した雪だるまさんは、なんと雪女・みぞれちゃんの擬態だったのだ。
真夏の太陽を打ち倒してこの世を極寒に変えてやる! とダークな野望に燃えるみぞれだが、自分を助けてくれた恩人のひまりちゃんとはすぐ仲良しこよしになる。さくっと太陽をやっつけて、ひまりとふたりでいっしょにお外で遊ぶのだ! そう意気込んで玄関からとびだすみぞれだが、結果は……照りつける陽光を浴びて即座にドロリ! べしゃべしゃのシャーベット状態に。
しかしみぞれちゃんはめげない。ときに身体をバラしてクーラーボックスに入り、ときに大量の氷袋で全身ガードし、ときに断熱材で作ってもらった上着をまとう。毎回あの手この手で太陽対策を施してはうっかりとける、そのたび冷凍庫に入って復活、そしてまためげずに……ほんとめげないなキミ。
いつの間にか夏の太陽を倒すことから太陽をやりすごして夏を楽しむことに勝利条件がズレていくみぞれちゃん、今日も元気にレッツ外出!(そしてまたとける)
……というのが本作の大枠となっている。
いやたしかに、考えてみれば、雪女は儚いというのは筋が通っているのだ。それをどこまでも物理的な脆さの意味に徹底して、ことあるごとに身体が崩れる・もげる・歪む・とけるの猟奇的な絵ヅラを「だって雪だから」の一点突破で、この上なく笑える情景に仕立てた力わざに深く感心させられる。
また、そのなかで、みぞれとひまりの種族をこえた微笑ましい意気投合や、ふたりを見守るはる姉の面倒見のよさ、そして子供が長いお休みに田舎を訪れ、またそれを迎える側それぞれの独特な感傷をかすかに帯びた空気感などなど“夏休みモノ”としての要素が作品の美点として光っている。
目先の陽気なギャグと、季節というものを巡る人情話のしっとり感が自然に両立しているのだ。
2018年7月下旬に全3回の短期集中連載として「少年ジャンプ+」で配信されたのが読者の強い支持を受け、同年秋から正式連載化した本作はすでに現時点で話数が30台を進行中。
劇中の時間経過はひと夏の出来事だが、まだまだ濃く長く続いてもらいたいものである。
©足袋はなお/集英社