2019.09.06
特別じゃない僕らの、ありふれた恋の物語。『ふつうな僕らの』湯木のじん【おすすめ漫画】
『ふつうな僕らの』
湯木のじん先生の新作『ふつうな僕らの』の第1巻が発売されました。まずはあらすじから…
特別じゃない僕らの、ありふれた恋の物語。
東京から引っ越してきた椿は、春休みに街で出会った一颯先輩を好きになった。一颯と「普通の幸せな恋」がしたいと、椿は手紙を渡して告白する。でも、耳が聞こえない一颯は、そのことを知った椿を冷たく突き放し……?
普通?なふたり
なんとも意欲的で興味深いアプローチの作品が登場しました。『ふつうな僕らの』というタイトルや、”ありふれた恋の物語”というところから強調されるのは、平凡さ。でも、あらすじにもあった通り、メインの2人は決して普通ではないバックグラウンドを持っているのです。
先輩の一颯は耳が聞こえないという障害を抱えているわけですが、ぱっと見それがわからず、またイケメンでもあるので、近寄ってくる子も結構いるのです。そして、事実を知った時の落胆という、相手の勝手な感情の変化を嫌というほど目の当たりにしてきたため、他人に対してはかなり閉鎖的。なかなかとっつきづらい、ドライな性格の持ち主です。
それに対して、主人公の椿は前向きモンスターみたいなポジティブさ。好きになったら一直線という感じで、多少拒否されてもめげずに一颯を追いかけ続けます(同じ部活に入るぐらい)。
そんな元気いっぱい、明るさマックスな椿ですが、実は心臓の病を患っており、移植を受けたことで普通の生活が送れるようになったという、壮絶な背景の持ち主だったりします。そういったバックグラウンドを持っているからこそ、一颯も一目置くというか、ただ何も考えずに好き好き言ってくるわけではないのだな、と椿を受け入れるようになるという。
このパターンは今まであったろうか……
「障がい者との恋」というのは漫画において割と定番で、近年でも『聲の形』がアニメ映画化されたり、『ひだまりが聴こえる』がBL作品ながら映画化したりしています。
少女漫画でも『金魚奏』は名作として今もよく名前を聞きますし、聴覚障害ではないですが、車いす生活者との恋を描いた『パーフェクトワールド』は、映画化にドラマ化とスマッシュヒットを飛ばしています。
これらの作品に共通するのが、主人公が健常者で、相手役が障がい者であり、その互いのギャップに苦しみ、それを乗り越えるという構成になっているということ。マイノリティとマジョリティという対比と言ってもいいかもしれません。視聴者の大多数が属するであろう健常者の視点が、主人公とリンクする作りですよね。
本作『ふつうな僕らの』も一見そのような形式に見せているのですが、途中で「主人公の椿は心臓移植で救われてた」っていう設定をぶっこんで、共感するための読者とのリンクをぶっつりと切ってくるわけですよ。いわばふたりともマイノリティに属しているという、あんまり見たことのない構成。
どう勝負してくるのか目が離せない
バックグラウンドだけで感情移入できるかが決まるわけではありませんが、普通の設定よりも主人公への入り込みづらさは多少なりともあるでしょう。もちろん共感性なんてなくとも、純粋な物語としての面白さがあれば良いのですが、今の雰囲気からするとそういう方向でのアプローチでもなさそうなんですよね。
あくまでフォーマットは少女漫画で、そこにはやっぱり感情移入とか共感性が求められてくる。なかなか難しい設定だと思うのですが、湯木のじん先生はその中でどう勝負してくるのか。全く見当もつかず、とにかく先が気になります。
なんかしれっと単行本出て、少女漫画の列の中に並んでますけど、何気にすごいことやろうとしてるんじゃないかと思うんですよね、これ。チャレンジングな本作が、どう打って出てくるのか、ぜひ一緒に見守りましょう。
©湯木のじん/集英社