2020.03.11
「感情」のないロボットの妻と過ごす、あたたかな夫婦生活『僕の妻は感情がない』杉浦次郎【おすすめ漫画】
『僕の妻は感情がない』
表情の変わらない君のことがこんなにも愛しい
Twitter上で話題になっていた杉浦次郎氏の、ちょっとかわった夫婦生活を描いた作品がついに単行本化された。
成人男性タクマの妻であるミーナは、家事ロボット。知識量は多くネット検索もでき、まあまあ優秀。彼女のコンピューターは最適解しか出すことが出来ず、人間の「感情」に当たるものはほぼない。表情を作ることもないので、いつも仏頂面だ。
基本的に言葉で全て語るので何を考えているかはわかるものの、そこに特別な人間的意思はないらしい。
しかしタクマは彼女と一緒にいることで、心が満たされ続けていく。いつもそばにいて尽くしてくれるミーナに「僕のお嫁さんになってくれない?」と何の気なしに言った時、ミーナは「…かしこまりました」とすんなり受け入れた。
以降、甲斐甲斐しく(ロボットとしてだけど)尽くし続けるミーナを見て、タクマの中に彼女への愛がどんどん湧き続ける。
タイトルの通り、ミーナが人間的な感情を持った行動をほとんどしないのが、この作品のキモになっている。今までのタクマとの生活から集めた情報を分析・シミュレーションし、合理的な選択の行動のみを取る彼女の行動のあり方は、限りなく家電に近い。
そんなミーナの行動が、作者の漫画力でものすごくかわいらしく描かれている。タクマの愛が育っていくのは当然に見えてくる。読者もミーナを「かわいい」と思ってみているタクマの感覚にシンクロさせられていく。
周囲の人の理解が深いのが、この作品のあたたかさに拍車をかけている。
例えば会社で、ミーナのことをタクマがつい「家電」と言ってしまうシーンがある。自分とミーナの関係につい後ろめたさを感じてしまったがゆえの発言だ。言った後に後悔し、彼は「ロボットだけどすごくいい子で…本当は家族みたいに大事に思ってるんです」と告白。
それに対し会社の同僚は、安堵する。
「あんなにお前のこと考えてるって感じの弁当作ってんのにさ、家電扱いされてちゃかなわねえもん。身内を悪く言うのよくないよ、照れ隠しでも」。
彼とミーナの愛情を理解した上での「身内」という言葉が、とても優しい。
妹が家に遊びに来た時、最初はタクマはミーナを押入れに隠そうとした。世間一般の常識とつい比較してしまったのだろう。
しかし悩んだ末、ミーナを妹に会わせる決断をする。ロボットであるミーナを本気で好きなこと、妻であることをカミングアウトする彼の姿からは、ミーナのためにしっかりした意思を持って行動しようと成長したのがわかる。
感情で選択するタクマと、理論で動くミーナ。2人の結婚生活が今後長く見て幸せかどうかは、誰にもわからない。ただ、ミーナの発言は知ってか知らずか心を打ってくる。妹と2人で話していたミーナは、自分が前の持ち主に売られたことについて、こう語る。
「私は廉価版でよかったという結論に至ります。私が不完全でなかったら今もその主人の所にいたことになります。タクマさまにお会いできなかったでしょう」
健気だ。プログラムされた言葉なのかもしれないけど、そんなことを言われてしまったら、好きになってしまう。
ミーナには少しずつ変化は訪れているようだ。電子レンジを使ってタオルを温めていたタクマを見て、ミーナは考えた末、自分で蒸しタオルを作るようになる。表情は変わらないが、タクマに褒められた彼女はなんとなく凛々しげに見える。これは嫉妬なんだろうか、それともプログラムなんだろうか? 彼女の「わからない」ところも、愛しく見える。
2人の生活は今、とても幸せそうだ。もし「本当に幸せなのか?」という疑問が生まれたなら、それは他の人の価値観と比較するからだ。タクマのミーナへの深まり続ける愛と、彼女を守るために成長していく心、そしてミーナの献身的な姿は、見ていてオキシトシン出まくること間違いなし。
「夫婦生活」に強いこだわりをもって今まで漫画を描いていた、杉浦次郎先生のたどりついた答えの一つが刻み込まれている作品だ。
©杉浦次郎/KADOKAWA