2020.03.21
いつでもどこでも死にたがる、異世界で生き抜く資格のない最弱の転生者が誕生!『異世界失格』野田宏, 若松卓宏【おすすめ漫画】
『異世界失格』
各メディアにおいて、今では流行りを通り越して定番の中のひとつにまで根をおろした異世界転生・転移もの。作品ごとに多種多様なバリエーションをもつ様式だが、共通するのはそれらが人生の仕切り直しを描くことだ。
幸福の絶頂にあった者が過酷な試練を課せられる、あるいは逆に不幸のどん底にもがいていた者が愛や功名に報われる……程度の大小はあれ、現実にも運しだいでありうる環境の変化を極端なファンタジーの形で分かりやすく示す寓話である。
さて、そこで面白いのが『異世界失格』だ。
もしも異世界転移したのが、あの文豪・太宰治だったら!? 一発ネタとして思いつく人はいるかもしれないが長編作品に仕上げるのは難しい、そんな趣向をうまいこと料理した秀作である。
昭和初期から二次大戦後にかけて文壇を刺激し続けた作家、太宰治。薬物中毒、女性関係のこじれ、経済的困窮、自死未遂……と乱れた私生活のすえに愛人と入水心中して果てたこの人物が、第二の人生を与えられたら何を思うだろう。
ドラゴンが空を飛び、魔法が世界の理を曲げて超自然現象を起こす世界で、人類を救う勇者の使命を託されたらいったいどう行動するのか。
……とりあえず睡眠剤を大量に飲んで死のう……。
だめー! 話が終わっちゃうー!! というわけで、ここになんとも人生のやり直しに向いていない主人公が誕生する。
いつでもどこでも死にたがり、数値化された戦闘ステータスは攻撃力も防御力も最低、体力は一撃くらえばアウトのギリギリっぷり。使える魔法なし。特殊スキルなし。おまけに毒の状態異常もち。……弱い、弱すぎる!
異世界で生き抜く資格のない、最弱の転生者。ゆえに異世界失格なのである。なるほど。
そんな彼でも、何か目標をもてれば前向きになるんじゃないかと思いきや、さにあらず。彼が目指すゴールは、同じ世界に来ているかもしれない心中相手の「さっちゃん(山崎富栄)」を探し出して今度こそ心中を成功させることなのだ。う、後ろ向きすぎる……!
正義や倫理を積極的に侵すのではなく、ただただ消極的に死にたがるだけというやりかたでアンチヒーローを造形しているのは、その手があったか〜〜と感心しきりになる。しかも実在人物の史実の行動を出発点にしているため、「このキャラクターは本当にそういう風に行動するか?」という説得力上の疑問にさらされることもないわけだ。いやー、うまいですな。
なお本作は「やわらかスピリッツ」にて2019年秋から配信中で、小学館のストアやAmazonのKindleにて単話の切り売りがされている。単行本が4月に発売されるので、本でまとめて読むか今すぐ1話ずつ読むかはお好みで選ぼう。
©野田宏, 若松卓宏/小学館