2020.05.02
地味オブ地味な女の子と、パーフェクトお嬢さまのガールズラブ!『田所さん』TATSUBON【おすすめ漫画】
『田所さん』
高嶺の花。遠い高みにあって衆目に眺められ、あこがれの的となるもの。
しかし、かけ離れていればこそ魅力が生じるのなら、逆方向もまたしかり。高嶺の花のほうが平野に咲くつつましい花を熱心に見つめ、それに思い焦がれることだって時にはあるだろう。
今回ご紹介する『田所さん』は、まさにそういうマンガである。
野に咲く花は、その名を田所陰子(たどころかげこ)という。
背が低い。雰囲気が暗い。教室の奥のいちばん隅っこの席にぽつんとすわって影が薄い。長めの黒髪で目元が隠れがちな容貌もあいまって、地味オブ地味な高校二年生の女の子だ。
その一方、同じクラスに、高嶺の花という概念を体現したような少女がいる。
名は、二階堂桜子(にかいどうさくらこ)。
容姿端麗、頭脳明晰。背中にはいつも大量の花々がぱあっと咲くエフェクトが乗るような、明るい存在感の持ち主。教室にいるだけでみんなが親しく寄ってくる、クラスの中心人物。田所さんとはまさに正反対だ。
そんなパーフェクトお嬢さまが、ある時、田所さんが趣味でこそこそ描いているイラストを偶然見たのがすべての始まり。
その絵はハードボイルドな(というか一般には“中二病”呼ばわりされそうな)オリジナルキャラクターを描いたもので、どういうツボなのか二階堂さんは胸をズキュンと撃ち抜かれた。それ以来、田所さんの絵が気に入った彼女はネット上で絵を公開しているアカウントを特定するほど熱心なファンと化してしまう。
やがて、素敵なイラストへの関心はそれを描く作者・田所さん自身へと移っていく。毎日のように田所さんを見つめるうち、その表情や仕草に惹かれ……。
「…かわいい」
もはや目が合うだけで胸が高鳴り、ささいな言葉をかわすだけで全身が熱くなるように。かくして、クラスで一番のお嬢さまはクラスで一番の地味子へ恋に落ちたのだ──!
という具合に、コンセプトがすぱっと鮮明な百合マンガである。
さらに回が進むと田所さんのほうも、自分のイラストをまっすぐ褒めて真摯に接してくれる二階堂さんにときめいて両想いになり、やたらウブだったり妙に大胆だったりするお付き合いを始めるのだが、そこには面白い印象の変化が入ってくる。
当初は先に述べた通り「高嶺の花が地味な子に惚れる」という、スペックの差が恋心一本でひっくり返っているのが面白い図式なのだが、二階堂さん視点で田所さんの顔かたちや性格のよさがフォーカスされるにつれて、田所さんの人物としての価値が自己評価を越えて高まるのだ。
それがとくに際立ったのが第21〜25話、中学時代の田所さんを知る少女が現れ、二人の仲に波乱を起こすエピソードの終盤だ。
過去のある出来事を悔やんで、罪悪感に押しつぶされる相手へ赦しをほどこす田所さんの挙動を見てほしい。もはや天使。慈愛をつかさどる天使レベル。“地味”は“滋味”に転換され、暗くて薄い存在感は慎ましい可憐さへと見方が変わる。
読者からすると「田所さんがこういう子ならそりゃ惚れるわ」「二階堂さん、見る目あるわ」と、彼女が格の高いお嬢さまとくっつくのは剛腕なコメディではなくむしろごく自然なロマンスとして納得できる回になっている。
そういう奥深さをもつ田所さんと、それを見抜ける二階堂さんの配置はつまるところ優劣ではなく、あくまで属性違いの対照といえる。
小さな花も、大輪の花も、花は花。読者にとっては二人一組の高嶺の花束なのである。
なお、本作は2018年秋からTwitterとPixiv上で発表されたのち2019年夏から「コミックヴァルキリー」で商業連載を開始したWebマンガ。ヴァルキリー版はTwitter版から大幅に加筆修正をくわえて配信されている。
2020年4月28日には初単行本が出たので、公開終了ぶんの回はそちらでフォローしていただきたい。
©TATSUBON/キルタイムコミュニケーション