2020.07.25
フられた元カレへの未練を引きずったまま、セフレとの関係を続ける女性の一編の叙情劇『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』ふせでぃ【おすすめ漫画】
『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』
本日紹介するのは、Instagramで発表したイラストで人気を博し、アプリ配信のマンガも手がけているふせでぃ先生の書き下ろし新作。全話収録の単行本が7月8日に発売されたのと平行してWebでは「文春オンライン」または「CREA WEB」で一話ずつの連載として読める『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』という作品だ。
主人公・アキは、ある会社で派遣社員として働き始めて2年目のOLである。はた目には何か大きな問題を抱えている様子もなく淡々と日々を過ごす彼女だが、その心身はいつも茫洋とした不安に蝕まれている。
おもな原因は、フられた元カレへの未練だ。一人ではいたくない、ひとに愛されたいという衝動だけが残ったままセックスフレンドができて、今はその彼にずぶずぶ依存中。
世の中、好きな人どうしで抱き合える人間ばかりではない。
愛がなくても抱きしめてくれる相手をもったっていいじゃないか──そう割り切ろうとはするものの、やる事だけやって男が去り、もぬけの殻になったベッドで目覚める朝には、つい気落ちしてしまう。癒しを求めて傷つく矛盾。けれどへたに意識して身体の付き合い以上の関係へ進もうとすれば、いまあるものさえ失うかもしれない。それはイヤだ、と精神的な足踏み状態が続く。
そんな自分を置いて、同世代の友人たちは結婚し、子供を育て、先に進んでいく。
学生時代の友人と久しぶりに会ってみれば、器用に何人も彼氏をとっかえひっかえしていた子こそが、結果的にたった一人の大事な相手を見つけた現実をつきつけられる。おめでとう、と口では祝福できても、ひとの幸せを聞かされるために払った食事代には虚しさが募る……。
そんなアキの生きぐるしさは、徹底的に私的でありながら同時に普遍的というか、社会的でもある。
性と、恋と、愛。
それらをひとかたまりの幸せとして手に入れるのが世の中では「普通」とされるが、実際はとてもハードルの高い生きかただ。どれか一つでさえ得られるかどうかで精いっぱいな人間はしばしばいる。そこでいっそ“人は人、自分は自分”と開き直れるタフさがあれば楽になれるが、そうでなければグズグズとした気持ちがくすぶるばかり。そういう人間も、またいるのだ。
心に穴があいているのは自覚しているが、それをふさぐ方法が分からないし、ふさぐ行動へ踏み出す勇気もない。未練や後悔にとらわれずに生きたいが、とらわれずにはいられない。生きている実感が薄いが、かといって死んでいいと思っているわけではない。
いろいろな弱さや矛盾をはらんだ心情が訥々とつづられるなか、それらを良いとも悪いとも裁ききらない作品の視座がたいへんに奥ゆかしい。描かれるのはひとりの若い女性のプライベートでありながら、読者の年齢や性別を問わず沁み込んでくる叙情劇になっている。
最終的に、アキが求めているものを得られるかどうか。そこはぜひ実際に読んで、タイトルの意味とともに着地点を噛みしめていただきたい。
©ふせでぃ/文藝春秋