2020.11.29
中世ヨーロッパにおける魔女狩りに、現代手品師の少年が科学で立ち向かう!『魔女に捧げるトリック』渡辺静【おすすめ漫画】
『魔女に捧げるトリック』
中世ヨーロッパの魔女狩りに、現代手品師の少年が科学で立ち向かう
異世界転生ものもすっかり定着して、「死んだら別世界にいた!」「現代技術で無双だ!」みたいな流れをメタ的に主人公キャラが自身で考えるくらいにまで広がってきた。そのくらい現代科学はファンタジー世界での文明を超越している、という信頼ゆえの展開だ。
魔法は科学と知識で凌駕できる、という人間の歴史を知っているからこその思考かもしれない。
この作品はファンタジー世界には転生しない。主人公が飛んだのは中世ヨーロッパ。魔法のない世界だ。ただ、中世の人間は悪い意味で、魔法があると信じていた時代でもある。
17歳の針井マキトは著名な天才マジシャン。彼は手品の失敗で死にかけ、目を覚ますと中世ヨーロッパにいたことに気づく。約400年前の、魔女狩りの時代だ。
彼が最初に出会ったミアはとても優しい、薬草づくりを得意とする女性。マキトを助けた彼女は自らを魔女だと言う。
「私は呪いによって毒を作り幼い子を殺した…死ぬべき”悪い魔女”なんです…」
ミアは兵士に連れ去られ、痛々しい公開拷問にかけられる。魔女裁判だ。実際には誰も殺していないにもかかわらず諦念してしまい、火炙りにされることを受け入れていたのだ。マキトは傷つく彼女を見ていられず、自身の手品で彼女を救い出す。
「自分の生き方を決められるのは…神様でも教会でも怪しい壺でもない 自分自身だけだ!!」
生きたいと願った彼女を奇術で救出したマキトは「悪魔」のレッテルを貼られ、教会に追われるようになる。
中世の人々が驚くようなマジックで裏をかき、理不尽な魔女狩りを止めていく様が楽しい作品。中世ヨーロッパの、死と隣り合わせな人々の倫理観に抗うマキトの様子が見られる。キモになるのは、手品は種も仕掛けもあるということ。彼は有利に立って無双できているわけではない。
中世の物品を使って周到に下準備をし、人心掌握術とハッタリとかけひきをフル活用し、自身の技術の最善を尽くして立ち回っている。彼が戦えているのは、間違いなく本人の努力と実力の賜物だ。
加えて自身のマジックで全てうまくいくなんて、彼は全く思っていない。ここで出てくるのが「魔女」の扱いだ。この時代に魔女と呼ばれているのは、なんらかの技術を持った女性たちであることを見抜く。ミアは薬学に優れていたからこそ、教会に魔女だと言われた。
その他にも鍛冶など特異な才能を持った女性たちが魔女と決めつけられているなら、彼女たちを救い出し集めていけば、強力な科学・技術者集団を作ることができる。これこそがマキトが考える本当の意味での「魔女」だ。
物語序盤こそ異世界転生ものの形をなぞってはいるが、実際は迷信の時代を科学と技術で打ち破る革命の物語。手品はその科学の一端だ。綿密な理論と下準備がどう迷信を打ち砕いていくかは今後の大きな見ものだろう
ところで『リアルアカウント』の作者であった渡辺静先生は、今作でもその残虐な娯楽性をしっかり引き継いで描いている。魔女狩りにあった女性たちの受ける拷問は、スネをねじで締め上げたり、縄で激しく腕を痛めつけたりと一切容赦がない。足はやけどでボロボロになり、顔も殴られ腫れ上がる。
当時の人たちが見世物として魔女裁判を楽しんで見ていたノリを、マンガで疑似体験できる作品、という見方もできるかもしれない。
©渡辺静/講談社