『姫ヶ崎櫻子は今日も不憫可愛い』

幼馴染で金髪巨乳ツインテールで、「負けヒロイン」に見えてしまう彼女に幸せをください

「負けヒロイン」という言葉はアニメ・マンガ・ゲーム好きの間では完全に定着したワードのひとつ。

たとえば「幼馴染」の場合、よそからやってきた別の女の子に主人公の男子が惹かれ、気づけば幼馴染側は噛ませ犬ポジに。結果、かなりの確率でラストで結ばれなくなりがち。

慣れてくると「この子は結ばれなさそうだ」「この子は正ヒロイン化（勝ちヒロイン）しそうだ」というのがキャラ一覧の時点で見えてくる。そのぼんやりした共通認識が「負けヒロイン」「勝ちヒロイン」という単語を定着化させた。

この作品に出てくる姫ヶ崎櫻子（ひめがさき・さくらこ）は記号的要素過多な女の子だ。

まず好きな男の子・三森夏樹（みもり・なつき）の幼馴染。彼女は、容姿端麗で文武両道の超ハイスペック。

一見すると最強のプラス要素だが、「主人公の恋人になる」という一点のみで考えるとこれはマイナス要素になってしまう。そして金髪巨乳というビジュアル。定番ラブコメではお色気要員として便利すぎて、清楚可憐な正ヒロインの引き立て役になりがち。

魅力的かつハイスペックで身近な存在であればあるほど、物語構造上で負けが高まるという理不尽なシステムが、ラブコメの王道だ。

夏樹に好意をもちつつも素直になれない櫻子。しかし黒髪ロングでクールな容姿の通称雪の女王・榊雪菜（さかき・せつな）の登場でさらに状態は悪化。しかも雪菜と夏樹は親戚で同居することに。こんなのどう考えても、「勝ちヒロイン」で「正ヒロイン」じゃん！

頑張っても頑張っても、運命は「勝ちヒロイン」「負けヒロイン」の頑強な構造に勝てないものなのか……。

実はこの作品は、そこを逆手にとったメタ的なラブコメ。元々夏樹が好きなのは櫻子。恋愛的な方面でいえば最初から「勝ち」だったりする。つまり「負けヒロイン」というキャラクター性は結果がすべてではないのだ。特に雪菜との会話で、櫻子に恋をする夏樹は確信していく。

「確かに櫻子にはそういう負けヒロインの才能があるのかもなって」

ラブコメのキャラクターデザインとしては、櫻子は「負けヒロイン」の魅力全部盛りだ。だがそれはそれこれはこれ。夏樹が櫻子に告白して仮に付き合ったら「勝ち」ではあるとしても、「負けヒロイン的」な属性の魅力がなくなるわけじゃない。

「負けヒロインっぽくてなんか不憫そう」という空気感が、一定数の「負けヒロイン好き」読者の心を刺激する。主人公が誰を選ぼうとも読者が好きになるヒロインキャラクターの魅力は別だ。

最近だと００年代に流行った「ツンデレ」の語のようないわゆる「属性」はすっかり当たり前のものとなり、むしろわざわざ言葉にしなくなった。１０年代に生まれて定着したのがこの「負けヒロイン」という物語構造のメタな単語だとしたら、この作品はその魅力を整理した上で「負けヒロイン好き」嗜好を量産する力のあるラブコメディだ。

今後、櫻子はどんどん恋愛的に幸せになろうとも、多分立ち位置はずっと不憫な「負けヒロイン」のままだろう。負けヒロインで不憫でかわいそうだから、かわいいのだ。

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©安田剛助/KADOKAWA