2021.03.16
箱入りのお嬢様たちが通う女子校で、対戦格闘ゲームに熱く興じる姿とその熱量を描いたヒューマンドラマ!『対ありでした。〜お嬢さまは格闘ゲームなんてしない〜』江島絵理【おすすめ漫画】
『対ありでした。 〜お嬢さまは格闘ゲームなんてしない〜』
世の中、合体することで全く別次元に昇華されるものが多々あります。
カレー+うどんで「カレーうどん」
テレビ+ビデオで「テレビデオ」(知ってる?)
馬+娘で「ウマ娘」
お嬢様+格闘ゲームをミックスしたことで生まれた『対ありでした。〜お嬢さまは格闘ゲームなんてしない〜』も、今までにない斬新な読み口を与えてくれる漫画になっています。
箱入りのお嬢様たちが通う女子校に入学した、庶民派の深月綾と、校内一の敬慕を集める美しい「白百合さま」こと夜絵美緒。ところがある日、見た目パーフェクトのお嬢様然とした美緒が、対戦格闘ゲームに熱く興じているところを綾に目撃されてしまう。
片足を椅子にドンしながら、「オイオイオイど〜〜〜〜〜〜〜〜した糞雑魚ッ!!!」
キャッキャウフフなお嬢様学校の、雅な日常を積み上げてからのギャップがエグい。そして綾も、実は同じ格闘ゲーム『π4』をやり込んでいた過去があるのです……なんという奇縁! 綾と美緒はお互いをライバルとして認め合うと同時に、同じ趣味に興じる友人として親交を深めていくことに。
『対ありでした。』には様々な“熱さ”が込められている。
その1:「お嬢様」と「格闘ゲーム」のギャップが“熱い”
「フレーム」「無敵時間」あたりはまだいい。「パリィ滅」「四股単発確認CA」といった格ゲー界隈のスラングが、まるで日常会話のようにお嬢様の口から発せられる。描かれている人物と言動の落差が新鮮で、不思議な読み味を与えてくれるのだ。
細かい部分はマニアックでわからなくとも熱気が伝わってくる。『ヒカルの碁』が、囲碁は知らなくても面白いのと一緒。
しかも、格ゲーのスラングは品が良いものではない。「死ね白百合!」だの「向上心が腐っている」だの、ナチュラルに他人を煽ってくる泥臭さが根底にある。
綾「お嬢さまから最もかけ離れた野蛮な概念 それが格ゲー!!!!」
だけどヤンキーの口の悪さとも違う、「魂の恫喝」が感じられる。それだけ綾たちは格闘ゲームに真剣に、無我夢中に取り組んでいる証左。そのがむしゃらな態度は、決して不愉快なものではない。
その2:変則的な部活モノとしての“熱さ”
「お嬢様学校でゲームを遊んでいいんだろうか?」という当然の疑問については、もちろんNo。即停学・退学というリスクのデカさに、綾はいったん引きかける。ところが一転、そのリスクを取っても“白百合さま”美緒の心を折りたいという闘志に燃える(理由は後述)。
2巻からは犬井夕先輩、一ノ瀬珠樹先輩も加わって、夜な夜な寮の一室にて対戦格闘ゲームに明け暮れることに。設定が特殊すぎて気づなかったけど、弱小の部活を立て直す青春部活モノのフォーマットを踏襲していて読みやすい。
それにしても綾さん……仮にも上級生に向かって「勝つ気あります??」とか「わかったらやれ!!!」とか。今期アニメの『2.43 清陰高校男子バレー部』で、先輩のキャプテンに向かって「背が低いから試合に出るな」と暴言を吐く灰島くんのようですな!
その3:「白百合さま」と呼ばれる夜絵美緒の内包する“熱さ”
綾は小学生の頃、男友達と無我夢中に格ゲーに没頭してきた少女だったが、虚しさを感じて引退。新しく「キラッッキラ」した何かを探すためにお嬢様校へ進学してきた。
そこで出会った美緒は、格闘ゲーム『π4』にキラッッキラ」していた。夢中になれるものを見つけて、没頭する者のみが放つ輝き。瞳の中にキラキラを宿す少女の眩しさ。
そこにかつての自分を重ねたのか、再び闘争心を燃やして現役復活する綾。美緒のピュアな「格ゲーで勝ちたい」熱気は、綾だけでなく読者をも魅了するのだ。
このことで思い出したのが、2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが登壇して、子どもたちに話し聞かせたNHKのTV番組。いきなり唐突だけど、話は繋がるので少し我慢して読んでいただきたい。かいつまんで、自分なりの言葉で書かせていただく。
・小説は虚構で、ウソの物語である。
・例えば歴史の真実を知りたければ「○○年に飢饉で○○人が死亡した」と、事実だけが記載されていれば良い。
・しかしそれでは、当時子供をなくした親の悲しみも、空腹の辛さも、伝わっては来ない。
・小説で描かれる物語は空想・妄想・フィクションだけれども、そこで得られる感情は“本物”である。
「好きなことに全力で打ち込むのってカッコいいよね」って、手垢まみれもいいところの、超絶浅い一文。それが「闘いたい」「今、勝ちたい」を全力でぶつけてくる美緒の姿にアテられて、強い説得力を持つ。
現実には、“お嬢さまは格闘ゲームなんてしない”かもしれない。しかし「夢中になれる趣味に没頭することは、熱く、美しいものである」、その真実が体感できる漫画になっている。
余談だが、「格ゲー」スラングの面白さと「お嬢様」を融合させた漫画が他にもある。「ジャンプ+」で連載中の『ゲーミングお嬢様』では、「eお嬢様」ブームにより、「お嬢様ゲーマー」が当たり前のように存在している世界観。この両作品が同時期に連載されていて、それぞれが別種の面白さを内包しているのもユニークだ。
90年代ノスタルジーが胸を打つ『ハイスコアガール』の大野晶という偉大なる先達もいる。ゲームに興じるお嬢様たちは尊い。
©江島絵理/KADOKAWA