2021.03.24

かつてとある少年が大人の女性に抱いた恋心と、大人になってから思い出した時の違和感を描くノスタルジックサスペンス!『あさこ』よしだもろへ【おすすめ漫画】

『あさこ』

幼い頃憧れていたお姉さんは、大人を演じていただけだったのだろうか

小さい頃に見るお兄さん・お姉さんの姿は、かっこよくて大人だなあとか、知らないことをたくさん知っているんだろうなあとか感じてしまうもの。ところがいざ自分が同じくらいの年齢になると、案外かつて憧れた「大人」は大したことなかったことに気付かされて拍子抜けしてしまうこと、あると思う。

よしだもろへ先生による『あさこ』は、かつてとある少年が大人の女性に抱いた恋心と、大人になってから思い出した時の違和感を描くノスタルジックサスペンスだ。

平成8年の夏、小学五年生の青島将司(あおしま・まさし)の親の民宿に、一人のスラリと背の高い美しい女性が長期宿泊にやってきた。名前は「あさこ」。それ以外のことは彼女は一切教えてくれない。

タバコを吸い、将司をいじめる男の子たちを「ガキ」と呼び、将司を抱きしめ応援する。余裕を感じさせる所作は、日々いっぱいいっぱいの将司にはとても大人に見えた。

まだ恋愛を知らない将司の中に、女性としてのあさこへの興味がぐんぐん湧き上がってくる。いじめられ、窮屈な田舎の生活を送る将司は、都会から来たあさこに「僕 おとなになりたい!!」と訴えた。

あさこは答える。「あたしの履歴書キミが埋めてよ」「もしキミがあたしを知り尽くして空っぽの履歴書を埋めてくれたら…その時はあたしがキミを大人にしてあげる」

令和元年夏。大人になった彼は曖昧になった記憶の中のあさこを思い出すべく、故郷に向かう。

過去編だけ切り出すと、あさこは少年から見た理想のお姉さん像をしている。優しくて器が大きく、あまり動じず将司の悩みを簡単に受け止めてくれる。子供な自分に裸を見られても気にしない。

一方でピアスの穴やタバコのような、自分の知らないちょっと怖い世界は経験しており、とてもミステリアスな人に見える。

同級生のいじめられっ子の天野優花子(あまの・ゆかこ)や、自分が大人ぶるために周囲にいじめを働く筧美希(かけい・みき)など、様々な少年少女が、あさこの「大人」な部分に心かきみだされ、大きく成長していく。みんなの憧れの理想的なお姉さん像として、あさこはあまりにも美しく「大人」っぽい。

そこが曲者だ。「大人」っぽすぎる、と気づくのは将司たちが大人になってからだ。あさこの存在はあからさまにおかしかった。大人になった優花子は将司にこう語る。

「あさこさんずっといい大人を演じてくれてたじゃん」「いい大人だと思われたかったのか いい大人でありたかったのか どんな意図があったにせよ私を助けてくれたのは事実だし尊敬してるけどね」

大人になった今、「あさこ」の過去を探って「大人」の皮を剥がし、失望してでも現実を見るべきなのか。あるいは過去の美しくて淡い恋を思い出をそのまま封じておくべきなのか。

3巻まで来てかなり「あさこ」を探るヒントは出始めているが、まだ「あさこ」本人の素の姿にはたどり着いていない。

夏祭りの夜、土砂降りの雨の中。幼少期の将司が見たあさこの着物はびしょ濡れで、長い髪は水を滴らせ、肌はてらてらと光っていた。灰青色のタバコの煙が、彼女を消してしまいそうな、まさに艶姿。

こんな美しい大人の女性の幻想、そのまま思い出に残しておくほうが美しかろう。しかし、彼は「あさこ」をたどる。

「歩幅が広くなった俺の足は 確実に”あさねえ”に近づいてゆく」とモノローグで語っているように、初恋の女性幻想にケリと付けることで、自分自身が時の止まった子供から脱却する決意の行動なのかもしれない。

自らの過去と現在、人間の性と成長を描く純文学的要素の強い作品。優花子や美希の子供時代・大人時代両方のこじれも、美化がなくドロドロした嫉妬やいらだちもむき出しで、生々しい。

特に子供側は必ずしも純朴ではなく陰湿ないじめ描写が多いのは、平成初期の田舎のひとつの表現として誠実だ。

過去編では解決できない大問題を抱えた大人も次々出てくる。読み終わってホッとしたり癒やされたりするタイプの作品ではない。だからこそ「大人であろう」とした「あさこ」と、「大人になりたかった」将司たちに共感できる部分が多い作品だ。

特にネットがなく情報が少ない平成初期、鬱屈が蓄積した若者が多かった時代に思春期を送った男女には、是非読んでもらいたい。

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たまごまご

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