2021.04.16

【インタビュー】『カノジョも彼女』ヒロユキ「『二股しても許せる男なのか?』を読者に問われ続ける、難しい主人公を描く」

高校入学と同時に、向井直也はずっと好きだった佐木咲と付き合うことに成功……ところが、彼女持ちの直也に告白を迫る美少女・。渚の良い人ぶりに心が揺れる直也は、ひとつの決断をする…!!

「二股していいか…一緒に彼女に聞きに行かないか!?」

アホガール』のヒロユキ先生が描く感覚アップデート・ラブコメ『カノジョも彼女第5巻が4月16日に発売されました。

最新第5巻書影

7月からはTVアニメもオンエア開始予定! 「週刊少年マガジン」史上最速でアニメ化が決定した、ラブコメの極意を伺います!

(取材・文:かーずSP/編集:八木光平)

どうせ一度きりの人生、死ぬときは週刊連載に打ち勝ってから死にたい

──『アホガール』の時に「週刊連載はたいへん」とおっしゃっていたヒロユキ先生が、再び週刊誌にチャレンジされました。その理由をお訊かせください。

ヒロユキ先生(以下、ヒロユキ):まず第一に、週刊連載って体力勝負なんです。年齢的に、今のタイミングで週刊連載をしなかったら、もう一生できなくなるかもしれないことが頭をよぎったんですよね。

『アホガール』の時に、週刊連載をギブアップして月刊誌に移りました。「このままだったら一生、週刊連載に負けた人間になる」って悔しい気持ちを、ずっと抱えていました。

どうせ一度きりの人生、死ぬときは、週刊連載に打ち勝ってから死にたい。「俺はやろうと思えば週刊連載できるんです」と余裕のある口ぶりで言ってみたかった(笑)

──「週刊連載をクリアしたぞ」という漫画家としてのリワードが欲しいとか?

ヒロユキ:そう、きっと人生のトロフィーですよ。あとは単純に、周りの知り合いがみんな週刊連載をしているので、「俺もやんなきゃいけないのかな?」って焦ってくるんですよね。

──1巻の後書きでも、その様子が描かれています。

ヒロユキ:あのまま、モロに実話ですよ。みんな週刊連載しているのに、『アホガール』を完結させた後で僕だけが漫画を描いていない。なのに漫画家同士の飲み会に行って、漫画家ヅラして座っていることに、引け目というか負い目というか……それくらい、僕は他人の評価を気にしてるって話です(笑)

咲と渚に仲良くなってもらわないと、楽しい二股? には絶対ならない

──そして生まれたのが『カノジョも彼女』。こちらを描くきっかけはなんだったんでしょうか?

ヒロユキ:もともとはTwitterにアップした漫画が原型になっています。それを同人誌で出してみて、評判が良さそうだったので連載用に本腰を入れました。

同人誌『正々堂々、二股する話』

──『正々堂々、二股する話』からの変更はどう進められたのでしょう?

ヒロユキ:キャラの設定を深堀りできてなかったので、細かく決めていって奥行きを持たせた感じですね。
同人誌では、咲が渚に対して厳し目だったんですよ。「いやいや二股なんてありえない、なんなのこの子?」みたいなギスギスした雰囲気がありました。

『正々堂々、二股する話』より

ヒロユキ:でも担当編集さんに「楽しい方がいい」って指摘されて、結果的に咲がアホになるっていう(笑)

アホになった咲(第4巻36話より)

咲のキャラクター性で、作品がすべて決まっちゃうほど最重要なポジションです。この子がサバサバしてくれないと楽しい漫画にならないので、それは強く意識していました。

そして渚は、結果的に横から彼氏を取りに来る女の子なので、「とにかくこの子は良い子にしなければ!」というのが大前提でした。咲が、「この子を追い出すなんて酷い」ってかばうくらい魅力的な女の子にしようと。

咲と渚の不思議な関係(第1巻2話より)

──ギスギス感をなくしたのは大正解だと思います。

ヒロユキ:だから最初は、咲と渚で漫才ができる間柄を目指していました。『カノジョも彼女』は女の子同士の関係値を作らないと、僕の想像するゴールに辿りつけません。

女の子同士にも仲良くなってもらわないと、楽しい二股には絶対なりませんので……まぁ良い二股なんてものが、あるのかどうか分かりませんけど(笑)

「複数ヒロインを同時に幸せにする」ラブコメへの新たなチャレンジ精神

──同人誌からタイトルを変更されたのはどういった理由でしょうか?

ヒロユキ:単純にダサいからです。「二股」ってワードがダサすぎるので、ポップな感じが出せないかと50パターンぐらい出して悩みました。

──そんなにですか!? 近年流行りの長いタイトルにはしなかったんですね。

ヒロユキ:自分は長いタイトルだと他と見分けがつかなくなることが多くて、なんとかオシャレな感じを出そうと時間をかけて決めました。

また単純に短いタイトルの方が好きで、パッと見で覚えやすくしたいという意図もありました。「週刊少年マガジン」に載る以上、最初の導入は読んでくれる人が多いかも、って甘えてる部分もあるんですけど(笑)

──「週マガ」掲載ですと、略称である「カノかの」と『彼女、お借りします』の「かのかり」で、ごっちゃになる懸念は……(笑)

ヒロユキ:このタイトルが一番マシだったんで、略称まではもう許してほしいです(笑)

──時代に合わせて、作風をアップデートしている部分はありますか?

ヒロユキ:絵柄は時代を意識しています。でも中身は結局、自分が納得して描く気になれるかどうかが一番大事なので、時代を気にしすぎてはいません。

世間のトレンドばかりを気にして、自分が楽しめない題材で漫画を描いて失敗するのが最悪です。「せめて自分だけは楽しめるものにはしたい」と常に心がけています。

──「堂々と二股しちゃう」大胆なテーマも……。

ヒロユキ:ラブコメ作品で、ヒロインを一人しか選べないことに歯がゆい気持ちがあって……そりゃそうなんですけどね、そりゃそうなんですけど!(大声で)

(一同 笑)

「堂々と二股しちゃう」という大胆なテーマ(第1巻2話より)

ヒロユキ:でも「ヒロインは一人だけ」に対するチャレンジはあってもいいのかなって。そこが時代性と言えるのかもしれないですね。

ラブコメ作品が増えている中で、少なくとも僕が見ている範囲では、そういう選択肢を取る漫画は滅多に見かけませんでした。なので、「複数ヒロインを同時に幸せにする」ことを一生懸命描いてみたら、どんな漫画になるのか、という挑戦をしています。

──ヒロユキ先生のモテたい願望かなって、穿った見方をしてしまいました(笑)

ヒロユキ:それはもちろん大前提ですよ。チャレンジしてる云々は、編集さんに企画を通すための、プレゼン向けの言い方です(笑)

特殊な状況下に巻き込まれた人間が、どういう反応をするのか

──前作『アホガール』との差異は意識されたのでしょうか?

ヒロユキ:『アホガール』は「よしこがアホだなー」って笑いが一番上に来る漫画です。『カノジョも彼女』は「笑い」よりも、「女の子が可愛い」が一番上に来るようにしています。

作画的にも目の描き方をはじめ、より見栄えがする線や仕上げを意識しています。

──『アホガール』では、女の子の可愛さは二番目だった?

ヒロユキ:二番目どころか、ほとんどギャグに振ってます(笑)。『アホガール』は恋人よりも、友達とかクラスにいたら面白い女の子を描いてました。どちらも魅力的に描くことを意識していますが、魅力のベクトルが違うんです。

──『カノジョも彼女』は、大コマで女の子の恥ずかしがる表情がバンと出てくる。ああいう羞恥シーンは、心にグッときます。

ヒロユキ:昔から僕は、女の子を感情的にさせて、アレコレ大騒ぎさせる状態が好きなんだと思います。女の子に恥ずかしいことをさせたがってしまう(笑)

咲の恥ずかしい表情(第1巻4話より)

ヒロユキ:特殊な状況下に巻き込まれた人間が、どういう反応をするのか。漫画はそこを描かなきゃいけないって考えがあって、結果的に羞恥心の表情が多くなるのかもしれません。

──ギャルゲーやラブコメによく出てくる、親友ポジションの男子がいないことには理由があるんでしょうか?

ヒロユキ:単純に、主人公の友達ポジションを出している暇があったらヒロインを描かなきゃ収まらないからです。ページ数が他の漫画よりも少ない14ページなので、余白が減るんですよ。

──男子同士の会話がほとんどないので、直也には友達がいないんじゃないかって心配で……。

ヒロユキ:多少そういう設定もあるんですよ。そもそも直也は友達を必要としていないタイプ。自分の生きている時間を全部、彼女に使いたいのが直也という人間です。そんな人が、友達と遊びに行く必要ありますか? ……二股してますけど(笑)

そもそも直也は友達を必要としていないタイプ(第2巻11話より)

ヒロユキ:直也に興味を持って近づいてくる同性はいるかもしれないけど、直也から積極的に友達を作りに行くタイプではありません。でも今後は出てくるかもしれませんし、未定です。

「二股しても許せる男なのか?」を読者に問われ続ける、難しい主人公を描く

──直也について、もうちょっと深く伺えればと思います。

ヒロユキ:僕の漫画の主人公って、すごく正直なんですよ。僕自身が本音をすべて口にできる人間ではないので、その理想を漫画の登場人物にやってもらっている感覚です。「自分のできない事を、漫画のキャラクターにやってもらいたい」気持ちが根っこにあるので、主人公は正直な性格になります。

正直すぎる直也(第2巻13話より)

──ヒロユキ先生の理想の姿でもあるんですね。

ヒロユキ直也みたいに正直に生きたいんですよね。周りの目を気にせず、自分のやりたいこと・言いたいことをオープンにできる部分に憧れます。でも実は……最初は直也、ちょっと苦手だったんですよ(笑)

──えーっ!

ヒロユキ:彼は二股という形で、結局は咲たちに迷惑をかけているわけです。だから1巻で直也が笑ってるカット、ほぼないんですよ。

──言われてみれば……汗かいてますね、どのページも。

ヒロユキせめてお前は、もうちょっと必死になれよと(笑)。でも話が進んでいく中で、彼の頑張りが見えてきて、許してあげようかなって。二股に対する罪悪感が一ミリもないキャラクターは、現代の価値観では違和感があります。だから罪悪感はちゃんと持っていて欲しい。そうじゃないと人間離れしてしまいます。

──読者の共感を妨げてしまうと。

ヒロユキ:はい、宇宙人になっちゃいますから、理解不能になる。直也は難しい立ち位置なんです。字面だけみれば「二股してる男の子」ってだけで、めちゃめちゃ嫌われる要素が満載なんで。

──同性からも、異性からも嫌悪される対象になりますよね、現実ならば(笑)

ヒロユキ:そこを彼なりの頑張りとか、生き様とか、ポリシーとか全部ひっくるめて、どこか許せるように描けてたらいいなって。そこを外すと作品全部が崩れてしまいますから、一番気をつけている部分です。

直也なりの真っ直ぐな生き様(第2巻16話より)

──二股という大きなマイナスに対して、どんどんプラスを積み上げていく。

ヒロユキ:読み切りなら「こいつなんか面白いな」で最後まで読めちゃうでしょう。ですが連載が続いていくにつれて、二股に対して真面目に向き合わなきゃいけない部分は出てきます。

──二股というセンシティブなテーマを扱う難しさを感じます。

ヒロユキ:例えば女の子を可愛く描くことに失敗しても、「中可愛い」か「大可愛い」くらいの差で済みます。ですが直也の描き方に失敗すると「大嫌い」になっちゃうんで。

──作品全てがおじゃんに……。

ヒロユキ:そうそう。「こいつは本当に二股しても許せる男なのか?」って定期的に読み手に問われてくる。そこをクリアできる人間に描かなきゃいけない。そこが『カノジョも彼女』の難しさであり、全てです。

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