2021.10.26

漫画『北斗の拳』が存在していない1980年代の日本で、“実写ドラマ『北斗の拳』”が生まれたら?異色のスピンオフコメディ!『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』武論尊, 原哲夫, 倉尾宏【おすすめ漫画】

『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』

核戦争で荒廃した近未来世界、人々を暴力の支配から解放する救世主が現れた。指先一つで人体を爆発四散せしめる暗殺拳で悪漢どもを打ち倒す、彼の名はケンシロウ

1980年代の少年漫画読者を熱狂させ、アニメ化も大成功した超バイオレンス格闘コミックの金字塔『北斗の拳』。完結後もスピンオフが様々に作られているが、本編に準拠した外伝だけでなく意表をついた変化球の宝庫でもある。

聖帝サウザーが原典のビジュアルそのままに子供っぽいふるまいを見せるさまが可笑しい『北斗の拳イチゴ味』。
世紀末覇者・ラオウの配下についたザコ兵士の動向をブラック企業につとめる職場ものに互換した『北斗の拳 拳王軍ザコたちの挽歌』。
核戦争が起きなかったパラレルな世界で生活するケンシロウたちをSDキャラによる日常ギャグ漫画に仕立てた『DD北斗の拳』。

そして本日紹介するのは、また上記のどれとも異なる趣向をこらした異色中の異色スピンオフ。コアミックスのWebマンガサイト「ゼノン編集部」内部のブランド「コミックぜにょん」で連載中の『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』だ。

舞台となるのは現実の日本。ただし、漫画『北斗の拳』が存在していない1980年代の日本である。

その世界で“テレビ番組として企画されたドラマ『北斗の拳』”が生まれたら? 俳優やスタッフは、前代未聞の特撮アクションドラマをどのように制作していくだろうか? そんな“もしも”の風景を怒涛の勢いでつづっていく。いやあ、これがめっぽう面白い。

映画やドラマに関連して「オフショット」という用語を見聞きすることがある。撮影の合間に、俳優たちが素に戻ってくつろぐ姿をとらえた自然体な写真や映像のことだ。

例えば、劇中では憎み合う宿敵で血みどろに争う俳優たちが共に食卓を囲んでわきあいあいと談笑する。そんな微笑ましい落差を見るのはなんともクセになる感覚で、オフショットが大好物という映画・ドラマのファンは多い。

「世紀末ドラマ撮影伝」の楽しさも、まさにそのオフショットを見るような楽しさといえるだろう。

理不尽な暴力をふるうムキムキ巨漢の悪党がカメラの外では気さくな善良プロレスラー。かよわい老人役が脇役演じて数十年の貫禄ある大ベテラン。純真無垢な少女が世知に長けた高飛車な子役。
おまけに、ケンシロウの屈強な肉体がじつは肉襦袢で、それを脱いだらスラっと細身の青年役者だったり。
ありとあらゆる部分に「このキャラを演じたのは実はこんな人物」という落差をつけてくる。

そうしたギャップを備えて現実に立つ登場人物たちは、当然ながら現実視点で『北斗の拳』の内容について様々な感想を抱くことになる。

なんで種モミ爺さんの墓に種をまいたの? ユリアの物言い、むやみに辛辣じゃない? シンが堂々と素っ裸であらわれるから思わず吹きだしそうに……。

「そもそも人間の身体が血と内臓をまきちらして爆発する映像をお茶の間に届けるのって大丈夫なのか?」という根本的な心配の、そりゃそうだ感も含めてミもフタもないツッコミがうまく『北斗の拳』原典に対してメタをはった笑いを催してくる。

しかし「撮影伝」の秀逸さは、そのメタ視点をくぐりぬけた先にある。

「もっと盛り上がる展開にするにはどうすればいいかな?」と現場で相談し、その結果として我々が知る漫画『北斗の拳』の名場面どおりの展開やセリフに“たどりつく”様子を最大のカタルシスにもってくるのだ。

「撮影伝」を読んでいると、錯覚だとは分かっていても「あのシーンはこうして生まれたのか! あのセリフはこれがきっかけで思いついたアドリブだったのか! なるほど!」と納得してしまう。最終的にいつも原典を尊重する、この流れ作りの巧みさはスピンオフとしてどれだけ褒めても褒めたりない。

本来、作品の外からツッコむメタ視点と作品そのものの一次的なアツさを両立するのはとても難しいことだ。矛盾すると言ってもいい。

しかし「撮影伝」は“現実の人間が役を演じ、物語を組み上げる作業それ自体にこもる熱量”にスポットを当てることで、その難しさをクリアしている。監督の撮影バカっぷり、俳優陣の役者バカっぷりが『北斗の拳』とシンクロして、メタで熱が冷めるのを防ぐのだ。

これを成立させたポイントは、やはり原典と同じ1980年代という時代だろう。

スタントマンどころか俳優本人にまで命がけの危険なアクションを求める度合いが激しかった環境は当時実際にあったものだから、「撮影伝」の大きなフィクションのなかでも基盤となる撮影現場の風景は説得力をもち、監督のムチャぶりとそれに見事応える役者たちが浮世離れしない。

だからこれはありえないものを笑う喜劇ではない。どこかでこういうことがあったかもしれないな、という想像力の刺激にワクワクして笑みを誘われる人間模様なのだ。まさしく、ドラマである。

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miyamo

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