2021.11.10
お客様の依頼には決して「NO」と言わない、殺し屋専門宿泊施設は危険と哀しみでいっぱい『ホテル・インヒューマンズ』田島青【おすすめ漫画】
『ホテル・インヒューマンズ』
お客様の依頼には決して「NO」と言わない、殺し屋専門宿泊施設は危険と哀しみでいっぱい
お客様は殺し屋、という専門の宿泊施設「ホテル・イン・ヒューマンズ」。血に染まった仕事を終えた人間たちが、一時の安らぎを得にやってくる。極上の食事や娯楽はもちろんご提供。
ここからがホテルの特殊コースだ。最新の武器手配、身元詐称、死体処理。ホテルのコンシェルジュは、殺し屋の雑務を行うなんでも屋も兼業している。なので場合によっては、殺し屋本人の稼業よりハードな仕事も背負わなければいけなくなる。
「いかなる依頼であろうと、どれほどの要望であろうと、コンシェルジュには決して唱えることのない言葉がひとつだけある。…それは『NO』。」
ホテルのコンシェルジュはふたり。情に厚くこの仕事を辞めたくて仕方ない生朗(いくろう)と、感情を全く表に見せない戦闘の達人・沙羅(さら)。
ふたりの信条が真逆なのが、この作品のキモになっている。殺し屋は「悪人」だ、ただその背景には理由があるかもしれない、と正義感を持って、相手のことを考えようとする、生朗。「ここに『悪人』はいません。いるのは『お客様』だけ。」と割り切って理由を掘り下げず淡々と任務をこなす沙羅。
読者視点だと当然、生朗の人情味のある人生観のほうが共感しやすいのだが、殺し屋がホテルにどんどんやってくるこの作品では価値観が狂ってくる。
しかしどんな事情があろうと「殺し」は全て同じ。殺し屋から依頼されたことを淡々と果たすコンシェルジュになるべき、というのが沙羅の思想だ。
ふたりは相反するようで、実は補完関係になっている。沙羅は要望とあれば追手の始末を華麗にこなす。円滑にいくようにコミュニケーションを取るのは生朗だが、こちらはできる限り「生きたがっている人を死なせたくない」という、「お客様の声なき声に応える」方を選んで行動する。その結果、殺し屋の心を生朗が満たし、犯罪的状況を沙羅がクリアにしていく。
生き別れた妹を探したい殺し屋。妻に至って普通の会社員だと死ぬまで隠し通そうとした殺し屋。愛しているアイドルを殺してくれと言われた殺し屋。どうあろうとみんなおしなべて、殺人犯だ。それをコンシェルジュとして、ふたつの信念で身と心を守りぬくバディもの。どう考えても今後問題が起こりそうでしかないふたりの危うさが、最大の魅力だ。
基本殺人犯しか出てこないので、読むと何が正義かわからなくなる。その上でもし、殺人犯やコンシェルジュの中に共感できるキャラクターを見つけられたら、きっとそれが読者であるあなたにとっての、正義や人情の尺度になるはずだ。
©田島青/小学館