2018.04.10
【まとめ】隠れた名作ぞろい!? 売れっ子少女マンガ家のデビュー短編集をチェックしよう!
少女マンガ家は、基本的に短編or原作付きのコミカライズ→数話連載→長編連載というステップを駆け上がっていくのが基本的な流れ。
稀に全部すっ飛ばしていきなり長期連載なんてこともあるのですが、大抵の方はこの道を歩んできています。初単行本も短編集というのがメジャー。
そして今の人気マンガ家さんというのは、その時点でキラリと光るものを感じさせたり、中には名作と言えるような作品を送り出していたりするのです。
今回は、今では売れっ子となっているマンガ家さんたちの、デビュー短編集をご紹介しようと思います。
『スケルトン イン ザ クローゼット』(2005年発売)
「このマンガがすごい!」で2年連続1位となっている岩本ナオ先生ですが、デビュー作『スケルトン イン ザ クローゼット』からその才能は遺憾なく発揮されていました。
表題作は3話完結の短期連載作で、その他6編の物語が収録されています。
描かれる内容は、恋愛だけでなく、友情であったり兄弟関係であったり様々。
『町でうわさの天狗の子』や『金の国 水の国』、『マロニエ王国の七人の騎士』から、ファンタジーや異国ものという印象があるかもしれませんが、こちらは全編現実ものです。
変形ゴマを殆ど使わないベーシックなスタイルながら、会話における言葉選びや間合いの取り方で心の深い所を揺さぶる手腕は、さすがの一言。長編で発揮される“それ”よりも、短編というページ数的に制約がある中で描かれるからこそ、その凄さがより際立っているようにも感じられます。
本作の次に発売された『Yesterday,Yes a day』も本作に負けず劣らずの名作で、未読の方は是非ともチェックされることをオススメします。
イチオシストーリー:「雪みたいに降り積もる」
どんくさくて勉強が苦手なあや子と、なんだか話の内容が難しいHR委員の熊谷くんとの恋模様を描いたお話。
恋を知らず煮え切らないあや子のゆるさに癒されるのですが、何より、物語終盤に発せられる熊谷くんの知的かつロマンチックな台詞にこの上なくドキドキさせられます。ささやかながらも、幸せに満たされた恋模様みたいなものが、少ないページの中に広がっています。
『CALL MY NAME』(2001年発売)
『アオハライド』『思い、思われ、ふり、ふられ』の咲坂伊緒先生のデビュー単行本『CALL MY NAME』は、表題作を含めた5編を収録。
「別冊マーガレット」の新人らしく、恋愛に全振りのストレートな内容となっています。
なんとなく矢沢あい先生を感じさせる絵柄。スタイリストだったりファッションの世界を志す少女だったりと、ヒロインの属性も今の印象とはちょっと違っていて、刊行時の2001年という時代をよく表しているように感じます。
作品の雰囲気は、今のような丁寧に恋心をひとつひとつ描くような感じとは異なり、活発なヒロインが勢い良く前に進む、ポップで明るい印象。一方で、明るく振る舞うヒロインたちは、その裏で色々と考えながら思い募らせており、その気持ちを切なさ溢れるモノローグで落とし込みます。このあたりは今の咲坂伊緒先生を強く感じさせる部分ですね。
今回の記事を書くにあたり久々に読み返したのですが、デビュー単行本ということを考えるとかなりハイレベルな内容であることに驚かされます。確実に変わったところと、今も変わらない部分の両方が垣間見え、色々な楽しみ方ができる一冊です。
イチオシストーリー:「透明の夢をみてる」
ずっと好きだった、隣の家に住む幼なじみとの子供が夢に出てきて、これまで以上に意識してしまうのですが……という、夢からはじまるラブストーリー。
好きだという気持ちはずっと持ちつつも、なかなか相手に伝えられずに、機会を逃してばかりいるヒロインの歯がゆい想いが実に切ないのです。
『彼女がいなくなった』(2006年発売)
「デザート」の看板マンガ家となっているろびこ先生のデビュー作。表題作ほか、6編が収録されています。
今でこそ大好きなマンガ家さんなのですが、本作はあまり印象に残っていないんですよね。もちろん絵柄やキャラ造形は、ろびこ先生ならではのちょっと尖った独特の風合いなのですが、ストーリーや描写は意外と普通。もちろんどれも良いお話で楽しめるのですが、他のマンガ家さんのデビュー単行本と比して突出したものがあるかというと、そこまででもない……。
なんて書くと全然オススメにならないワケですが、次作『ボーイ×ミーツ×ガール』では驚くほどの変わり身を見せ、さらにその後の『ひみこい』で今のろびこ先生が出来上がって、『となりの怪物くん』で爆発するという。
その驚くほどの成長を目の当たりにすることができる、スタートとしての一冊として、本作には重要な意味があると個人的には思っているのですよ。
イチオシストーリー:「彼女がいなくなった」
2年間同居していた彼女が、ケンカをきっかけに忽然と姿を消してしまい……という、男子大学生のお話。彼女はずっと不在で、知り合いとのやりとりと回想で物語が進んでいくという、ちょっと捻った作りの物語。彼女のキャラクターが残念な方向にぶっ飛んでいて、回想での登場のみながら、何より印象に残りました。
こうしたちょっとした変わり者を寄せ集めたのが、『となりの怪物くん』になるわけで、そこへつながるエッセンス的なものを感じさせてくれます。
『月光スパイス』(2008年発売)
デビュー短編集が比較的出やすい出版社の小学館、集英社、講談社と異なり、白泉社はほぼ単行本化することがありません。初単行本がデビューから5年なんてマンガ家さんもざらで、大抵は短編集ではなく連載作となります(そのため単行本派は、マンガ家さんの初期作品を知ることがあまりできない)。
デビュー時の短編は、人気が出た後に稀に短編集に収録されたり、連載作の最後のページ埋めとして収録されたりすることが多いのですが、珍しく単行本として発売されたのが、『かわいいひと』が話題の斎藤けん先生。
ファンシーで可愛らしい雰囲気の作品のなか、時に救いようが無いぐらいダークで切ないエピソードを描く印象のある斉藤けん先生ですが、本作はまさにそれを地でいくようなお話達が収録されています。
特に「月光スパイス」は、めちゃくちゃ優しい物語に見せておいて、中盤で「えっ!」となるようなダークな展開に誰しもが驚くことでしょう。その抜群の構成力を、とくとご覧あれ。
イチオシストーリー:「月光スパイス」
身体にふりかけて願い事を言えば、それが叶うという”月光スパイス”。乱暴者と恐れられる黒豹が、ピュアなうさぎのアリスと出会い芽生えた願いとは……。
先述の通り、おとぎ話っぽく見せておいて、ものすごくダークな要素が落とし込まれており、面食らうはず。けれども、ちゃんと最後には救いのあるお話となっており、なんとも言えない読後感に包まれます。数ある斎藤けん先生の作品の中でも、特に好きな物語ですね。
『青春トリッカーズ』(2010年発売)
2018年7月に『虹色デイズ』が映画化する水野美波先生の『青春トリッカーズ』も、とても印象に残っている1冊です。原作付きの作品を1冊刊行してからの2冊目になるので、正確にはデビュー単行本では無いのですが、オリジナルとしては初ということで……。
デビュー直後の単行本の醍醐味といえば、話ごとに変わっていく安定しない絵柄なのですが、水野美波先生の場合、この時点でめちゃめちゃ出来上がっているという。今でこそ絵柄が安定した新人も珍しくないのですが、当時は結構驚いた覚えがあります。そしてストーリーの方もこなれているのですよ。
キャラの立った明るい登場人物達がコメディ調に話を進めつつも、中盤にしっとりと切ない感情を落とし込み、最後には再度明るく楽しくめでたしめでたし。
起承転結がシンプルにハッキリと描かれており、実に読みやすく面白い。また後の『虹色デイズ』につながるようなネタの数々も見つけることができて、水野先生の”土台”みたいなものを見出すことの出来る一冊です。
イチオシストーリー:「青春トリッカーズ」
モテたいがために生徒会長になった篤でしたが、役員たちは仲良しの男友達ばかりで一向にモテない……。そこで、生徒会のお手伝いをしてもらう女子メンバーを募ることになるのですが、やってきたのはケガをしたヤンキー女子で……という、青春ラブコメディ。
ノリの良いキャラたちがテンポよく展開するストーリーで読み心地が良く、あと何よりヒロインの小澤さんが可愛い。可愛いんです。
『不思議なひと』(2009年発売)
売れっ子マンガ家揃いの「別冊マーガレット」ですが、連載陣の中で一番短編が上手い人が誰かと問われれば、まず間違いなく安藤ゆき先生を挙げます。
現在連載中の『町田くんの世界』は世間的な認知度は低いかもしれませんが、結構な良作なのでオススメですよ。そしてそれ以上にオススメなのが、安藤ゆき先生の短編集。
これまで3冊を刊行しているのですが、そのどれもがめちゃくちゃクオリティが高く、どれ一つとしてハズレがない。このデビュー単行本『不思議なひと』をはじめて読んだ時も、かなり衝撃を受けたのを覚えています。
少女マンガではあるのですが、その独特の絵柄と、纏う空気感、仕掛けの巧妙さから、普通の少女マンガとは一線を画する文学的な雰囲気の物語が多いのが特徴。
ミステリーでもあり、ラブストーリーでもあり、ヒューマンドラマでもありと、「このジャンル!」と断言できない、色々な要素が入り交じった物語を描きます。物語の締め方も、核心に迫らず余韻を残す形が多く、何とも言えない味わい深い読後感を与えてくれるのが、また良いんですよ。
それぞれを独立した作品として評価するのであれば、今回挙げる8作品の中では一番オススメしたい一冊です。
イチオシストーリー:「不思議なひと」
留可が想いを寄せる時緒先生と同じ名前を名乗り、「過去から来た」と言う不思議な少年・トキオ。時緒先生とトキオ、2人の手のひらには同じアザがあって……という、文字通りちょっと不思議な少年との日々を描いた物語。
ヒロインの心の移り変わりだとか、不思議な少年の正体だとか、先生と少年がそれぞれ抱える想いだとか、それぞれの点が物語が進むごとに繋がり、最後に線になる気持ちの良さ。それでいてしっかり少女マンガもしているのだから、恐れ入ります。
『初恋ロケット』(2005年発売)
講談社マンガ賞を受賞した『たいようのいえ』のタアモ先生も、登場時にかなり話題になりました。
まずその少女マンガっぽくない可愛らしいキャラ造形で読者の目を引き、さらにそのキャラ造形にぴったりなふんわり甘いストーリーでガッツリと心を掴むという、逃れようの無い二段落としに、私もすっかりやられてしまったのを覚えています。また女性向け作品ながら、男性ファンがかなりいた印象が……(私の周りだけでしょうか)。
本作は6編収録されており、いずれもちょっと変わり者の可愛い女の子をヒロインとした恋物語が展開されます。絵柄とマッチするキラキラかわいらしい物語が特徴的である一方、タアモ先生の連載作では外すことの出来ない、“ヒロインが抱える闇”みたいなものが幾つかの物語で見られ、この時からそういう要素を落とし込むのが好きだったのだなと気付かされます。
なおタアモ先生、短編のクオリティが高すぎたのか、その後ちょこちょこと連載はするも、長続きせずに巻数の付かない単行本を5~6冊出すという、長い潜水期間を送ることになります。とはいえそのどれもが良作と言って差し支えない内容ですので、この絵柄が気になった方はそれらも是非手にとってみてください。
イチオシストーリー:「バレンタインなんてなくなればいいのにどうしてあるんだろう」
タアモ作品らしからぬ、ちょっと汗臭い感じの男の子・真が主人公。バレンタインデーに、好きな女の子・リカがゴミ箱にチョコレートを捨てようとしている所に偶然遭遇し、思わず「自分がもらうから!」と駆け寄るのですが……というラブストーリー。
男子目線の物語ということもあり、ヒロインのリカが圧倒的な美少女として描かれており、その仕草・言動の一つ一つが反則的なほどに可愛いんですよ。同時に彼女の心の傷が、切なさ成分も多く、収録作の中でも一際ロマンチックな物語に仕上がっています。
『式の前日』(2012年発売)
こちらはデビュー短編集がいきなりヒット作となった穂積先生の『式の前日』です。この作品がどうしてバズったのか覚えていないのですが、とにかくものすごく話題になりました。
その後、本格的に連載作を描くようになるわけですが、『さよならソルシエ』『うせもの宿』と、良作ながらいずれも『式の前日』ほどは話題にはなりませんでした。
表題作である『式の前日』を筆頭に、とにかく完成度が異様に高く、新人離れしたその構成力に驚かされるばかり。派手なことは一切せず、むしろ物語の内容は地味なぐらいなのですが、説得力のある会話と間で、しっとりとした感動を生み出します。
本作については細かい説明は不要でしょう。とにかくまず読んでもらって、その凄さを目の当たりにしてもらいたいです。
ちなみに現在連載中の『僕のジョバンニ』はチェロを巡る2人の少年の姿を描いた音楽ものなのですが、圧倒的な天才を前にした凡才の挫折と再生を描いた読み応えのある作品となっており、ひょっとしたら代表作『式の前日』という、穂積先生の看板を塗り替えることになるかもしれません。よければこちらの作品も是非チェックを。
イチオシストーリー:「式の前日」
結婚式を翌日に控えた、とある男女の一夜を描いた物語。非常に短い物語であり、少しでも語るとネタバレになってしまいます。なのでこれといって言及するつもりはありません。とにかくまっさらな状態で読んでもらい、「してやられたー!」となってほしいです。
というわけで、以上8作をご紹介致しました。昔はデビュー単行本なんて発行部数も少ないので、古本屋を巡ってようやく手に入れていたりしたのですが、今は電子書籍でそれらを楽しむことができるので、本当に良い時代になったなと思います。
ふと時間が出来た時に、好きなマンガ家さんの今を作った、過去の名作たちを振り返ってみてはいかがでしょうか?
©岩本ナオ/小学館, ©咲坂伊緒/集英社, ©ろびこ/講談社, ©斎藤けん/白泉社, ©水野美波/集英社, © 安藤ゆき/集英社, ©タアモ/小学館, ©穂積/小学館