2018.08.24

【日替わりレビュー:金曜日】『矢野くんに推し変はできない!』吉田ばな

『矢野くんに推し変はできない!』

恋愛にかける青春、部活にかける青春、勉強にかける青春……青春模様は人それぞれなわけですが、今回ご紹介する『矢野くんに推し変はできない!』は、アイドルにかける青春を描いた一作です。

女性グループで言えば秋元康プロデュースのAKB軍団、男性グループで言えばジャニーズを筆頭に、数多くのアイドルグループが存在していますよね。ゆるキャラとともに地方活性化のアイコンとして用いられることの多かったご当地アイドルとか、気づけば「アイドル」という存在が想像以上に身近なものになってきました。

そして同時に、その存在が認知されるようになってきたのが、アイドルを支えるファンの存在。AKB総選挙がゴールデンタイムに放送されたり、あそこで大量に票を投じている人などがその代表ですよね。けれども、実際彼らがどういう生態をしているのか、詳しいことはよくわかりません。彼ら、彼女らが、なぜアイドルにハマり、なぜ追っかけとなり、廃課金兵となったのか……。そんな謎に包まれたドルヲタの生き様というものを、本作ではおもしろおかしく描いております。

物語の主人公は、アイドルグループ「LOVE LETTER」(通称:ラブレ)にドハマリしている女子高生・松田慧。なかなかの美少女でありながら彼氏も作らず、その持っている時間・お金・愛情の全てを、ラブレの推しであるヤッチンに注ぐという、筋金入りのファンです。ヤッチンは人気急上昇中のグループにあって、どちらかというと地味な存在。それでも彼女にとっては、彼こそが全てであり、彼こそが一番輝いて見えるのです。

そんなある日、意気揚々と出向いたコンサート会場で、ヤッチンにそっくりなガチヲタに出会います。しかも何故か彼は、慧のことを知っていたのですが、実はそのイケメン、慧のクラスメイトの矢野くんで……というお話。

ボーイミーツガールってよくあると思うんですけど、本作の場合はドルヲタミーツドルヲタって感じ。推しにそっくりな男の子がクラスにいるならば、手の届きそうなそっちの方に手が伸びそうなものじゃないですか。

実際慧も、出会った直後は矢野くんにドキドキしたり、変に意識したりしていたのですが、矢野くんのあまりのガチヲタっぷりがそれを阻みます。とにかくその熱量たるや、慧のそれを軽く凌駕するレベルであり、好きというよりも崇拝に近い印象。ヲタ歴も余裕で矢野くんの方が上。そんなわけで、女性としてよりもむしろドルヲタとしての感性が刺激されてしまい、そっちの方向で肩を組んで切磋琢磨していくという方向に。

チケット確保のためのサイトアクセス競争や握手会、自推しが突如メディア露出を増やした時のドキドキ感や、SNS更新の楽しみ、ファン同士の交流や推し被り時の戸惑いなど、ドルヲタであれば幾度となく通るであろうあれやこれやを、事細かにこれでもかと描きます。その密度たるや、ものすごい読み応え。

ドルヲタ経験のある方であれば「あるある」と共感できるでしょうし、私のようにそういったところから無縁の人間でも思わず笑えてしまうような内容。書店などではあまり見かけない、ややマイナーな一作ではあるのですが、全力で”推し”たい一作です。アイドル好きな人も、そうでない人も、是非一読あれ。

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