2018.08.26

【日替わりレビュー:日曜日】『かくう生物のラブソング』沼田ぬしを

『かくう生物のラブソング』

いやはや残暑厳しい毎日ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今日ピックアップさせて頂くのは、「ヤングマガジンサード」にて連載中の異色ゾンビマンガ、『かくう生物のラブソング』

ホラーではありませんが、ちょくちょくヒヤッと背筋がひんやりするような箇所もありますので、晩夏の涼みのお供としてもおすすめしたい作品です。

2020年、茨城県井戸市は、第二次関東大震災につづいて謎の巨大隕石が落ちて、生活の全てが一変した。隕石による死者は出なかったものの、被災者はゾンビとして蘇って共に暮らしている。彼らは“帰還者”と呼ばれていた──。震災で父親を亡くした市内の女子高生・神田夜目子は、そんな非日常な現実をよそに平静を装いつつ、普通のフリをしながら友人たちと坦々と生きていくことを決めたのであった。(公式あらすじより抜粋)

一見、あらすじの「隕石災害によって蘇ったゾンビと共生している」という部分だけ見ると、SF要素が強いように感じます。

しかし本作においては、隕石災害によって死んだけど生き還ってきた人々も存在しているが、その前にあった地震による被災では亡くなった人々は還ってきてはいない、ということがポイントです。

主人公の女子高生仲良し3人組のひとり、はる美は隕石災害からの「帰還者」。見た目としても頭がへこんでる上に、ちょっと油断すると目玉や胃が飛び出るし、暑い日には膝が腐ってしまって動けなくなってしまう。でも別に映画みたいに人を襲うわけでないし、同級生と同じように学校にも行くし、友情を育むことができます。

ゾンビになって生き還ってくるなんて、置かれている状況を客観的に見てみると、あまりにも非日常的

しかし先の地震によって父親を亡くしてしまっている夜目子や、同様にかけがえのない人達を震災で失ってしまった者にとっては、たとえゾンビであったとしても共に生き心を通わすことが出来る存在は、辛さや喪失感を埋めうる尊さがあるのです。

非常にセンシティブな生と死の境界線を行き来するテーマで、一歩ズレると悲壮感に満ちた物語になりかねなさそうではあるのですが、両震災後も不安定ながらもかしましく強く生きる、花の女子高生たちを主人公に置いているのがこの作品の妙。彼女たちのやりとりは、絶妙なバランスのコメディタッチをもって描かれており、全体的に重たくなりすぎずテンポ良く読み進められます。

また、沼田ぬしを先生の独特なタッチの絵柄や、温もりと冷たさを行き来する線の描き込みによって、人間の感情表現の機微を要所で巧みに拾い上げている点も要注目です。

ゾンビマンガと冒頭で書きましたが、その実、基本的な立て付けは女子高生の日常もので、SFやミステリなどの要素がうまくまぶされながらも、垣間見える人と人との心の交流や気持ちの揺らぎに重きをおいたヒューマンドラマである本作。

1巻の段階では、腹の内が見えない同級生や、隕石の謎にも関わりそうな怪しげな場所など伏線も引かれていますし、まだまだどういう方向で進んでいくかわかりませんが、今後の展開に大いに期待したいタイトルです。

試し読みはコチラ!



ちなみに本作は「かくう生物のブルース」という短編作品が土台。この「かくう生物のブルース」はモーニングの新人賞「MANGA OPEN」で奨励賞を受賞しており、それが本連載のきっかけとなったようです。短編集『ライフアズなまけものブルース』で読むことができますので、こちらもぜひチェックしてみて下さい。

さらに最後の余談ですが、タイトルから予想するに、ASIAN KUNG-FU GENERATIONさんの楽曲「架空生物のブルース」からも何かしらの着想を得るポイントがあったのかもしれませんね。

本楽曲を聴きながら読み進めてみると、作品の根底にチラつく仄かなもの悲しさともリンクして、異なる読み味も楽しめるのではないでしょうか。お試しあれ。

この記事を書いた人

八木 光平

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