2018.11.24
【日替わりレビュー:土曜日】『おじさまと猫』 桜井海
『おじさまと猫』
今回ご紹介するのは、本年度の「Webマンガ総選挙」でトップ3に食い込んだ『おじさまと猫』。
2017年6月に作者がTwitter上で公開したものを皮切りに今もコンスタントに発表が続くショート連作で、今年に入って「ガンガンPixiv」のPixiv連載タイトルとなり商業書籍化、さらに各種グッズ展開まで広がる話題作だ。
あるペットショップに、まもなく一歳になる名もない猫がいた。人間から見て容姿に恵まれていない。さらに成猫である。来店客は「かわいくない」「子猫がいい」と断じて素通りしていく。いわゆる売れ残りだ。この猫も、自分で自分に見切りをつけて、すべてをあきらめきっていた。
そこへ突然、一人の紳士があらわれる。穏やかで、少し枯れたたたずまいの中高年男性。端整なおじさまだ。おじさまは淡々と「この猫をください」と店員に頼む。
家族へのプレゼントだろうか? やめておけ! 嫌がられるぞ! 返品なんてごめんだ!と猫は内心で自虐的に訴える。自分の境遇が好転するのではないかと期待して、それが失望に変わることが怖いのだ。
しかし、おじさまは、猫を抱き寄せてはっきりと言う。「私が欲しくなったのです」「可愛くて 可愛くて」──。
ここから、おじさまと猫のおりなす日常がしみじみとした筆致で描かれていく。「ふくまる」という名前を与えられ、ずっと味気なく感じていたエサがこの上なく楽しいごちそうになり、夜には寄り添って眠れば寂しさなど消えてしまう……かつては誰にも求められないことに慣れすぎて卑屈に、そして臆病になっていた猫「ふくまる」がおじさまの家族になった自分を受け入れ、やすらぎを得る過程が、読者の胸を強く打つ。
この猫の境遇に対して沸き起こる気持ち。これは一体なんでしょうね……。愛されなくて当然と沈み込む孤独な魂をそのままにしておけないという、この気持ち。
これはそう、いうなれば『北斗の拳』で孤児たちを抱きしめ「だれかが だれかが愛を信じさせてやらねば!!」と泣き濡れた山のフドウと同じ……!(どういう例えだ)
そして、ここで本作の重要なポイントが入ってくる。そもそも、おじさまがどうして猫を飼おうと思ったのか。どうして広い家に一人暮らしをしているのか。今はもういない誰かに向けて、猫を飼い始めたことを報告するおじさまの瞳と声に滲むものは何か。
おじさまが愛妻を亡くしたらしいなどの細かい事情は、猫のふくまるには分からない。けれど、ひとつだけ分かる。独りぼっちの寂しさならよく分かる。だから猫は、今はそばに「私がいる」と伝えようと、誰も撫でてくれる者のいないおじさまのために、その身をすりつけるのだ。
『おじさまと猫』は、孤独な魂が寄り添う相手を見つけ、癒しや祝福を受ける尊い情景を我々に見せてくれる。しかしそれはかわいそうな猫が飼い主にただ救われるという一方的な関係としてではなく、人間のほうに猫が何をもたらしているか、という折り返した視点をあわせて読んでこそ味わえるものだ。
なお、単行本の第2巻がつい先日(11月22日)発売されたばかり。本でまとめて読んでみると、おじさまと猫がお互いを補い合う関係の全体像をよりつかみやすいのでチェックしてみてほしい。
©桜井海/スクウェア・エニックス