2019.07.12

【まとめ】ゆううつな気持ちをこじらせないために。ワクチン代わりの “うつ”体験漫画

寝ても疲れがとれない、会社や学校に行くのが辛い、理由もないのに不安になる、自分は社会にいらない人間だと感じてしまう……誰もが一度は、こんな気持ちになったことがあると思う。

よほどの自信家か何も考えていない人でない限り、人間の気持ちには浮き沈みがある。些細なことで喜んだり、ゆううつになったり、それはごく自然なことだ。しかし、ゆううつな気持ちをこじらせてはいけない。

“うつは心の風邪”という言葉を聞いたことがあるだろうか。うつは風邪のように誰でもかかる病気という意味だが、風邪だって悪化すれば肺炎になって命を落とす危険性だってあるのだ。

そこで今回は、ゆううつをこじらせないワクチン代わりに、“うつ”から帰ってきた人たちの体験談を描いたコミックを紹介していこう。

『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』

まずは昨年ドラマにもなって話題となった漫画家・田中圭一先生の『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』

自ら、およそ10年にわたるうつ経験をしている田中先生が、ロックミュージシャンの大槻ケンヂ氏、AV監督の代々木忠氏らをはじめ17人のうつ経験者をレポートした「明日は我が身のうつ病脱出」コミック。

と、こう書くと至極真面目な漫画のように感じるが、そこは手塚治虫先生や本宮ひろ志先生のパロディ漫画で知られる田中先生だけに、取材対象への愛あるキャラ立てが満点で、深刻な事態のはずなのについつい笑ってしまう描写がいっぱい。

うつから、自分はエイズで死ぬにちがいないという妄想にとりつかれた大槻氏が、聖飢魔IIのエース清水の名前の「エ」からエイズを連想してパニックに陥るエピソードなどは、二人が並んだ絵面も最高なので、是非とも自分の目で確認して欲しい。

うつでの辛い経験も少し見方を変えれば、いつかこんなに楽しい思い出になる。そんなギャグと笑いの強さと大切さを感じさせる一冊だ。

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『さよなら、うつ。』

続いては、先の『うつヌケ』にも登場している脚本家・一色伸幸氏原作、橘山聡先生によるコミックエッセイ『さよなら、うつ。』

一色氏といえば、80年代後半から90年代にかけて『私をスキーに連れてって』『恐怖のヤッちゃん』『木村家の人々』などの軽妙なコメディ作品を数多く手がけた人気脚本家だ。それまでの重厚でシリアスな作品をよしとする日本映画界の風潮に風穴を開け、日本アカデミー賞優秀脚本賞を二度も受賞している。

本作は一色氏が、当時脚本を書いていた作品と、自身の闘病記を織り交ぜながら振り返る形式だ。

『波の数だけ抱きしめて』『七人のおたく』『卒業旅行 ニホンから来ました』などで人気脚本家として成功の階段をのぼりながら、自身の仕事に満足できずに不眠症に陥いった一色氏は、睡眠導入薬を使用し始める。そして非処方の睡眠導入薬にまで手を出した一色氏の前に、終末医療をテーマにした映画『病は気から 病院へ行こう2』の主人公・安曇祐子の幻覚が現れ、徐々に精神のバランスを崩していく……。

自分自身が作り出した映画の登場人物が、うつの象徴となり自死に誘う様は、まるでホラー映画さながらの恐怖だ。しかし自死への誘惑にかられる一色氏を、ギリギリで生につなぎとめたものも、やはり……。

作中に出てくる作品も含めて、上質な映画を何本も観たような充足感と、爽やかな希望を抱かせる読後感は、流石としか言い様がない。

『ツレがうつになりまして』

最後は、本人ではなく配偶者(ツレ)がうつになってしまったイラストレーターの体験記、細川貂々先生の『ツレがうつになりまして』

サラリーマンだったツレがうつになってしまった! 細川先生は、ツレに会社を辞めさせて治療に専念させるが、大らかで適当な細川先生と本来真面目で頑張り屋のツレの間では数々のトラブルが……。

2006年に発売され、うつ闘病エッセイの先駆けとなった本作には、うつの知識が一般的になっていなかった当時の風潮が色濃く反映されている。

本作の作者であり語り部である細川先生は、ツレが大好きなクラシックを聴けなくなったり、本や新聞を読んでも頭に入らなかったりするのを「うつ病ってフシギなこと多いね。宇宙人のカゼみたい」「今日から宇宙カゼって呼ぼう!」といじったり、些細なことでケンカになった際には「役に立たないのなら入院しろ」「治るまで帰ってくるな」と本気でキレてしまう(その後の顛末がまたスゴイのだ)。

いまになって読み返すと「そんなことをしてはいけない」と思うのだが、当時は自然な、とまでは言わないが、あってもしょうがない対応だった(いまは違和感を覚える人が多いことを望む)。細川氏が「宇宙カゼ」と名づけたように、まだ世間一般で“うつ”とは馴染みのない病気だったのだ。

だからこそ細川先生とツレは二人三脚で真摯に、時には滑稽な振る舞いも交えながら、うつとのつきあい方を暗中模索していく。その様はユーモラスでありながら、リアルで胸に迫る。

ちなみに、本書はベストセラーとなり、続編の『その後のツレがうつになりまして』『7年目のツレがうつになりまして』が刊行されている。それらにはツレの寛解と並行して『ツレうつ』がベストセラーとなった後日談が描かれており、通して読むと、世間全般のうつへの認識が変わっていく様も感じ取れるようになっている。

うつに関するイメージや偏見を大きく変えた記念碑的なシリーズだ。

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厚生労働省の「患者調査」によれば、うつ病患者数(推定)は1993年の13万3000人から、2014年の72万9000人にまで増加しているという。よくも悪くもうつをとりまく状況は変わった

実際、自分の周囲でもここ数年、うつを発症して仕事から離れた者は多いし、なかには連絡が取れなくなった者もいる。だからこの記事は、そんな彼らにお薦めするつもりで書いた。

今回、挙げた3冊を読みながら、自分が彼らにもっと別の接し方をしていたら、どうなったのだろう……とも考えたけれど、結局答えは出なかった。うつの対処法は千差万別で、誰がかかったか、かかった人と自分はどんな関係か、で付き合い方はみんな変わる……ここまで読んでもらって、身も蓋もないような気もするけれど。

だけど、ひとつだけ言えるのは、うつになった人も、周りになった人も、焦らない、ということだ。だからいまは彼らとまた会える日を、ゆっくりと漫画でも読みながら待つことにする。

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この記事を書いた人

倉田 雅弘

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