2019.11.27

【インタビュー】『旅する海とアトリエ』森永ミキ「出会いも別れも旅の醍醐味」

自身の名前のルーツを探すため、ひとり海外の地に降り立った七瀬海(ななせ うみ)。道中で知り合った画家の少女・安藤りえと一緒に、ヨーロッパ各地を旅することになります。

ポルトガルのロカ岬。スペインのサグラダ・ファミリア。イタリアのミラノ大聖堂……。『旅する海とアトリエ』も読めば、あなたも海外旅行に行きたくなること間違いなし!


単行本1巻書影

11月27日の単行本1巻発売にあわせて、作者の森永ミキ先生にインタビューを実施。本作の制作秘話、緻密に描き込まれた背景へのこだわりなどをたっぷりと伺ってきました。

(取材・文:ましろ/編集:八木光平

最初のタイトル案は『旅する海とキャンバス』

──本日はお忙しい中、インタビューをお受けいただきありがとうございます!

森永ミキ先生(以下、森永):こちらこそありがとうございます! 外出する良いきっかけになりました。ここに来る前、担当さんとクロアチア料理を食べてきたんですよ。京橋の「Dobro(ドブロ)」という、日本で唯一のクロアチア料理専門店なんですけど。

──クロアチア料理……。すみません、どんなメニューが出てくるのかピンとこないです。

森永実際に食べてもピンときませんでした(笑)。お肉料理もあれば魚料理もあってバリエーション豊かだったので。マンガ本編で次はクロアチアを描こうと思っていて、その取材も少しかねてます。

──雑誌の連載だと、海ちゃんとりえちゃんは現在オーストリアを旅行していますが、次の行き先はクロアチアに決まっているんでしょうか。

森永:はい。あのあたりは昔ハンガリー帝国というひとつの国だったこともあって、文化的にもよく似ているみたいなんですよね。

日本にいるとあまり意識しませんけど、ヨーロッパの国々はお隣とくっついたり離れたりを何回も繰り返して、その中から自分たちのアイデンティティを形成してきたと思うんです。オーストリアとクロアチア編では、そういった部分を描けたらいいなと考えてます。


オーストリア・クロアチア編は2巻に収録予定

──『旅する海とアトリエ』の、女の子ふたりがヨーロッパ諸国を旅するというコンセプトはどのように考えられましたか?

森永:自分ではいいネタが思いつかなくて、担当さんにアイデアを出してもらった気がします。「海外旅行とかどうですか?」と。

担当編集:森永先生は海外が好きだと言ってましたし、他社さんでも『今宵もサルーテ!』という艦これの海外艦のコミカライズを描かれているので、そっち方面を攻めてみたらいいんじゃないかと提案させていただきました。

森永:雑誌のカラーや読者の反応など色々考えすぎて、自分が興味のあることを描くという基本を忘れてしまっていました。「旅」というキーワードが出てからは、ストーリーやキャラクターもすんなり決まりましたね。

──森永先生から見て、主人公の海ちゃんはどんな女の子ですか?

森永:海は外国の知識はゼロだけど、だからこそ旅先で起きる様々な出来事をフラットな気持ちで楽しんでいるキャラクターです。読者さんにも、海と同じ目線で海外旅行気分を味わってもらえたら嬉しいです。


主人公の七瀬海

──海外を旅しているのに着物を着ているのも、見た目的にインパクトがありますね。

森永:最初は普通に洋服を着てたんですけど、きらら編集部のとある方が「着物を着せてみたら?」と言っていたというのを担当さん経由で聞いて、そのアイデアを拝借しています。ストーリー的にも、現地の人との交流のきっかけになるので動かしやすくなりました。

──22歳という年齢設定も意外でした。海ちゃんには失礼ですが、わりと高めなんだな……と。

森永:それ結構、他の読者さんにも言われて逆にびっくりしました。せっかくヨーロッパに行くんだからお酒が飲める年齢にしたいと思って、自然と22歳になったんですけど。言われてみるとたしかに、きららの主人公って高校生が多いんですよね……(笑)。


第1話の1ページ目から飲酒するきららヒロイン

──続いて、りえちゃんについて。もともと、海ちゃんとりえちゃんのふたりを主人公にする予定だったんでしょうか。

森永:はい。読者目線で旅を楽しむ子と、その子を引っ張っていってくれる明るい子の二人組にしようと考えていました。


もうひとりの主人公・安藤りえ

──本作のタイトルですが、やはり「海」と「りえ」が旅をするから『旅する海とアトリエ』ということですか?

森永:その通りです。ただ、最初の設定だとりえの名前は「麻子(あさこ)」で、タイトルも『旅する海とキャンバス』でした。だから私は「うみキャン」って略してたんですけど。

──うみキャン。どこかで聞いたことがあるような……。

森永:さすがにふざけすぎかなと思って変えました。

作者が一番見てほしいところを海はちゃんと見てくれる子

──第3話のスペイン編以降は、各国のゲストキャラクターも加えて3人で旅をするようになりますね。

森永:もともとはゲストを出さず、ずっと海とりえのふたりで旅をする予定でした。でも、ずっとりえが案内役だと海外に詳しすぎて違和感がある気がして……。大人っぽいとはいえ彼女もまだ17歳ですし。

なので、その国の事情に精通していてもおかしくない現地のキャラクターを出すことにしました。スペインのエマはフォトグラファーで、イタリアのマリアはデザイナーといった具合に、自分を表現する手段を持っている子というのは意識していますね。

スペイン編のゲストキャラクター・エマ

──画家のりえと同じように、クリエイターということですか?

森永:そうですね。海だけは違いますけど、海にも受け手としての役割を持たせたいと考えています。どんな作品も、見る人がいるからこそ初めて成立するはずなので。

──たしかに、海ちゃんが絵を見たときに言うまっすぐな感想は、とても心に響きます。

森永:私も一応作る側の人間なので、海の感想を聞いたときのりえたちの気持ちってすごく分かるんですよ。そこに気づいてほしかったというか、むしろ自分も無意識のうちに描いたところに気づいてくれたというか。

──自分が読者に言われたら嬉しい言葉を、海に言わせていると。

森永:もちろん、ただ「いいですね」と言ってもらえるだけでも本当にありがたいんですけど。作る側が一番見てほしいところを海はちゃんと見てくれる子であってほしいと思いながら描いています。


芸術の知識が少ないからこそ生まれる、海の純粋な言葉

──本作では作り手側のキャラクターたちの悩みが描かれるシーンも多いですが、森永先生にもそういった経験はあったのでしょうか。

森永:気持ちは分からなくもないというか。私が少しだけ思ったことをだいぶ膨らませてりえたちに背負わせている感じではあります。ライターさんもないですか? 記事に対する反応を見て、そういう意味で書いたわけじゃないのになあ……って思うこと。

──たしかに、なくはないですね……。

森永何かを表現する人に共通の悩みだと思っていて、たぶんりえたちも同じなんだろうなと。そして、そんな人の心にすっと入ってくるのが海みたいな子であってほしいんです。


“好き”を仕事にすることの難しさ

──海ちゃんは自分のことを取り柄がないと言ったりもいましたが、むしろりえちゃんにとっては最高のパートナーだったんでしょうね。

森永:そうだと思います。りえは海の存在にすごく救われてるんですけど、海はりえたちみたいにゼロから物を作る人を尊敬していて、むしろ何も作れない自分にコンプレックスすら抱いている。あの話で触れた海の内面についても、いつかちゃんと描いていく予定です。

担当編集:あの回のネーム、難航してましたね。8ページの予定が12ページになったり。

森永:ページ数の都合で掲載順を最後にしてもらったり、担当さんにはご迷惑をおかけしました……。おかげさまで、海だけでなくマリアの内面もしっかり描くことができました。マリアのキャラも気に入っていて、いい花道を飾らせてあげたかったので。

──マリアちゃん、イタリア人なのに内気というギャップが面白かったです。

森永イタリア人だからこうとか、何人だからこうみたいなキャラづけはしたくなかったんです。マリアの性格はその決意表明の意味合いもありました。「海リエ」ではこんなキャラ出しちゃうぞ、という。


イタリア編のゲストキャラクター・マリア

──考えてみれば、イタリア人がみんな陽気なはずないですしね。

森永ヨーロッパの国を身近に感じてもらうことがこの作品の目標でもあるので、ステレオタイプなキャラはなるべく出さないよう心がけています。エマは結構スペイン人っぽいかもしれませんが。

──ヨーロッパのキャラではありませんが、台湾の女の子もかわいくて好きでした。

森永:ありがとうございます。単行本の描き下ろしページや書店特典にも描いてますし、もしかしたらどこかでまた出てくるかもしれません。

──セリフにルビが振られていないので、何を言ってるのか全然分からないという……。漢字だから何となく分かる気もしますが。

森永:あの子も最初は日本語を話す予定でした。彼女のお姉さんが日本人の男性と結婚していて……みたいにやたら細かい設定も考えてたんですけど(笑)、どうせなら言葉が通じないほうが海外旅行の雰囲気が出せるかなと。


わからん(ちょっとわかる)

“自分の目で見ている感覚”を伝えたいからこそ、背景は手描きにこだわるNEXT

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