2019.11.27

【インタビュー】『旅する海とアトリエ』森永ミキ「出会いも別れも旅の醍醐味」

“自分の目で見ている感覚”を伝えたいからこそ、背景は手描きにこだわる

──そもそもの質問なのですが、アメリカやアジアでなくヨーロッパが舞台なのはどうしてですか?

森永:話が作りやすそうだからという、至極単純な理由ではあります。狭い範囲に違う文化の国があるから、うろうろしているだけでも楽しそうですし。

ただ、最初の国はポルトガルにしようと早い段階で決めていました。海を探す物語にするにあたって印象的な場所はないか調べていたとき、リスボンのロカ岬を見つけたんです。だからヨーロッパになったというのもありますね。


海たちの旅もここから始まった

──ユーラシア大陸の最西端から旅を始めて、スペイン、イタリアと東に進んでいくわけですね。

森永:当初の予定だと、ポルトガルのあとチェコに行こうとしてたんですよ。海ないじゃん!ってオチにしたくて。けれど、ポルトガルからいきなりチェコに行くのはリアリティがないと担当さんに指摘されて隣のスペインになりました。

担当編集:日本語を喋れる外国人のキャラクターが登場したりと、フィクションとしてある程度都合よくするところもありますが、実際にこの行程で旅をしていてもおかしくならないようにチェックさせていただいています。聖地巡礼をするのはハードルが高いかもしれませんが……。

森永:列車やフェリーがこの季節ちゃんと運行しているかとか、この場所まで本当にこの時間で移動できるのかとか、第三者目線で確認してもらっています。私はあまり考えずノリで描いてしまいがちなので本当に助かってます!

──リアリティといえば、作中の建物や絵画もすごく細かいところまで描き込まれているなと感嘆しています。

森永:背景は、写真を見ながらがんばってなぞりました。写真を線画抽出して取り込む手法もありますが、「旅する海とアトリエ」は観光という背 景が主役になるシーンがある漫画なので、多少時間がかかっても手書きすることにしています。

──初期のエピソードで、「見ている景色は同じでも絵には自分の気持ちが描ける」という話がありましたね。

森永:第2話のロカ岬のシーンですね。たしかに背景の話に通じるかもしれません。読者さんにも旅をしている気分を味わってもらえるよう、実際に自分の目で見ている感覚を手描きゆえのブレで表現できたらいいなと思いながら描いています。

──ひとつの背景を描くのに、どれくらい時間がかかりますか?

森永:グラナダのアルハンブラ宮殿の絵だと、たしか丸2日かかりました。


「イスラム建築の最高傑作」と呼ばれるアルハンブラ宮殿

──それはすごい……。

担当編集:これ何がすごいかって、水面に写って建物の輪郭が歪んでいるところも全部手描きされてるんですよね。本当にきれい。

森永:線画抽出だと、やっぱりその部分はうまく出てこないので。これを描ききったあと完全にハイになっちゃって、「今の私なら何でも描ける!」と思って天井裏の絵も勢いで描いちゃいました。

だけどあらためて見ると、初期の絵は試行錯誤感がありますね……。今も勉強中ではありますけど、イタリア編のあたりからは遠近感も意識して描くようになりました。ローマのカラヴァッジョの絵も、海たちは右側を見ている場面なので左側はあえてぼかしてみたり。

──森永先生もこの前イタリアに行かれたそうですが、それはプライベートで?

森永:はい、完全にプライベートです。母がイタリア語を習ってるんですけど、急に行きたいって言い出して私もついていきました。もっと早く言ってくれたら取材用の写真が撮れたのに(笑)。

──今後、海ちゃんたちに行かせてみたい国はありますか?

森永:イギリスは島国で海も多いですし、いつか描いてみたいですね。とはいえ今描いている国のことで精一杯なので、先の展開はほとんど考えていません。何が起きるか分からないのも旅の楽しみということにしていただければ。

出会いも別れも旅の醍醐味

──森永先生は子どものころ、どんなマンガを読んでいましたか?

森永:母の影響でマンガを読み始めたので、ひと昔前の少女マンガをよく読んでいました。『ガラスの仮面』とか『ベルサイユのばら』とか『エースをねらえ!』とか。

あと、青池保子先生の作品ですね。『エロイカより愛をこめて』が有名ですけど、私は特に『イブの息子たち』が大好きでした。アレキサンダー大王とかジャンヌ・ダルクとか、古今東西の偉人たちがパラレルワールドで戦うお話で。

森永:青池先生の作品は、徹底した取材に基づいて歴史のエッセンスを取り入れたものが多いのですが、その中でも「イブの息子たち」は織田信長やナポレオン、コロンブスなど、古今東西のキャラクターが人種や歴史も超えて入り乱れるコメディで、このマンガで私は文化がクロスする作品の面白さを知りました。

──リアルタイムで連載を追いかけていた作品はありましたか?

森永:りぼんっ子だったので、『神風怪盗ジャンヌ』『GALS!』は読んでました。母と喧嘩したとき、私が憎たらしいことを言うと「GALSを読んでるからそんな口きくのよ!」って怒られたり(笑)。

──子どものころ読んでいたマンガが、今の作風につながっているんでしょうか。

森永:たぶんそうだと思います。大学生のとき『艦これ』にハマってから自分でもマンガを描くようになったんですけど、「絵が少女マンガっぽい」とはよく言われました。

──普段は髪の毛の1本まで細かく描かれているのに、デフォルメ顔になると急に脱力感あふれる感じになるギャップも好きです。

森永:ありがとうございます、私も気に入ってるんですこの顔。ゆるキャラやSDキャラが大好きなので、隙を見てはデフォルメ顔を入れるようにしています。

──担当さんから見て、森永先生の作品の魅力とは何だと思いますか?

担当編集:「海リエ」に関していえば、キャラクターを見てもいいし背景を見てもいいし、実際旅行で何度訪れても楽しい土地があるように、何回読んでも新しい発見がある作品だと思っています。

実際、海外旅行、しかもヨーロッパって、時間的にも金銭的にもかなりのハードルがあってなかなか行けるものではないと思うのですが、海リエを読んで一緒に旅をしている気持ちになったり、読者のみなさんにも、海たちが訪れた国を身近に感じてもらえたら嬉しいですね。

──最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いいたします。

森永:読者さんにも旅行気分を味わってほしいというのもありますし、海とりえが現地のキャラクターたちとどう出会ってどう別れていくのか、その一連の流れを読んでいただければと。別れがこれほど頻繁にあるマンガってそんなにないと思うので。

──たしかに日常系の作品で、キャラクターが途中でいなくなることは少ない気がします。

森永それも含めて旅の醍醐味だと思うんですよね。いつか必ず別れるからこそ、普段は胸にしまっている悩みも旅先の人になら打ち明けられたりする。そんな、登場人物たちの感情の関わり方にもぜひ注目してほしいです。

──本日はありがとうございました!

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