2020.08.12
死ぬのはいけないことですか? 自殺志願者たちを、自殺願望を持つ少女が救う、ダーク魔法少女アクション!『スーサイドガール』中山敦支【おすすめ漫画】
『スーサイドガール』
死ぬのはいけないことですか? 自殺志願者たちを、自殺願望を持つ少女が救う
魔法戦闘少女は人を助けるために戦い、キラキラと輝くもの。ただこの作品のテーマになっているのはスーサイド=自殺だ。序盤から一筋縄ではいかない。非常にセンシティブな内容を、熱血と信念で調理したアクションコミックだ。
青木ヶ原星(あおきがはら・きらり)は元気いっぱいで、全身から輝きが満ち溢れている高校一年生。彼女が笑顔で駆け込んだのは、スーサイドカフェのオフ会。集まっているのは自殺志願の人間ばかりだ。
陰鬱な空間の中、自殺を控えた彼女は言う。
「あたしは夢を叶えるためにここにきましたっ!! だから遺す言葉なんてありませんっ!!」
星は自殺をものすごくポジティブに考える少女だ。ところが彼女、なぜか死ねない。首吊、刺殺、炎、飛び降り。どうやっても超常の力が働き、死ぬことができない。
スーサイドカフェのマスター曰く、星は自殺志願者の中から選ばれた「自殺の才能」を持った存在らしい。他の自殺者の命を救うことで、自分の命を初めて捨てることができると言われた彼女は、早速自殺志願者を見つけ、死について強く説得し、その心と命を救った。
しかし救ったはずの少女は、何者かの力によって電車が通過する線路に飛び込み、目の前で轢死されてしまう。
星がなぜ死にたいのか、なぜ自殺に向き合い笑顔でいられるのかが判明してから、この作品独特な理論展開が一気に広がる。登場人物は、救う側も救われる側も自殺者志願者ばかり。全体の空気は星の勢いもあって基本明るいが、その裏に流れているものはかなりヘビーで陰鬱だ。
『ねじまきカギュー』などを描いている作者の中山敦支先生は、絶望的限界からの脱出表現が非常にうまい作家だ。今回は星が自殺の才能を認められたことで特殊な力を手に入れ、首吊魔法を使うスーサイドガールとなることで、自殺者の裏に取り付く存在と戦い、窮地を救うことになる。
その際、重要になるのは戦闘力だけではない。勇気と精神力と理念だ。戦う相手はいわゆる悪ではない。悲しみや苦しみ、心の闇に入り込む恐怖に近い。そのため戦闘シーンも自らの「自殺観」を見つめ、問答するメンタル勝負になる。
かなりシビアな死生観が練り込まれている。自殺は悪いことなんだろうか。自殺によってどのような影響が周囲にばらまかれるのだろうか。誰かに追い込まれて死んでいくのは自殺ではなく他殺なのではないか。「自殺なんていけない!」という一般的倫理観を、一度スーサイドガール・青木ヶ原星の思想を通じてぶち壊し、その上で真剣に考え、物語に組み込んでいる。
命の難しい問題を曖昧にすることなく、それをキャラクターのしっかりとした考え方として丁寧に描きながら、熱血テンションと激しいアクションで表現し、エンターテイメントとして極上のものに仕上げられている。
死に追い込む存在「フォビア」のデザインも秀逸。『トラウマイスタ』を描いていた作者ならではの、心理を物理的に表現する手法が駆使されている。
ハイテンションとタナトスが詰め込まれた、ダーク魔法少女アクション。とてもじゃないが平和に展開する雰囲気はない。だからこそ一つ一つのコマに描かれた死の艶めかしさと星のキラキラした姿に、心を奪われてしまう。
©中山敦支/集英社