2021.01.13
【インタビュー】『時間停止勇者』光永康則「ゲームのプレイ実況動画の気持ちよさを、漫画に落とし込む」
アニメ化された『怪物王女』を筆頭に、多彩なジャンルを描いてきた光永康則先生が初挑戦する「異世界転移ファンタジー」作品、『時間停止勇者 ―余命3日の設定じゃ世界を救うには短すぎる―』(以下、「時間停止勇者」)。
昨年末に発表された「データで見るニコニコ漫画2020」の、最も閲覧された公式作品で1位を獲得するなど、漫画ファンの間でかなり盛り上がってきています!
あらすじ:SNSが炎上して人生詰んだ!! その瞬間、平凡な高校生・葛野セカイは異世界に転移。しかも最強の能力「時間停止」を身につけて!! 片っ端から女子のスカートをめくり、超やりたい放題のセカイ。だが無敵に見えたその力には、とんでもない制約がついていて……⁉
今回は4巻発売記念として、光永康則先生にインタビューを実施。セカイ君のスケベなセクハラには、作者の奥深い意図が込められている……かもしれない!? さらに「月刊少年シリウス」で同時連載中の、『怪物王女ナイトメア』についてもお話伺いました!
(取材・文:かーずSP/編集:八木光平)
「異世界もの」ブームが、漫画業界にゲームチェンジをもたらした
──「時間停止勇者」を描かれたきっかけはなんだったんでしょうか?
光永康則先生(以下、光永):「異世界もの」って流行のジャンルに興味が惹かれたんですよね。これが漫画界に、ものすごいゲームチェンジをもたらしたと思っているんです。昔ながらのファンタジー作品って、一から世界観を説明したりして敷居が高いものでした。
──旧来のファンタジーは、まず世界観とか魔法の説明から入っていくのが当たり前でしたよね。
光永:けれど「異世界もの」では、みんなが共通認識で抱いている部分をテンプレートとして、そこの説明を省いてイージーに世界観に没入できます。前提の説明が何も要らない、読み手にフレンドリーなジャンルだと感じます。
──火属性のモンスターには水が弱点とか、暗黙のルールになっていることも珍しくありません。
光永:そうした共通認識が、作者と読者の間にすでに出来上がっている。巨大な身内同士で共有している世界観の中で、みんなが面白がっている状況に興味を惹かれました。
今の人たちって、RPGゲームや『ハリー・ポッター』『ロード・オブ・ザ・リング』のような映画で、ファンタジーの世界を経験しているわけですよね。そこがベースになっているから、「異世界もの」でいきなり本題に入っても全然OKなんですよ。
漫画界のルールが変わったんだなーって感じました。そんな新しく現出したルールのジャンルに、チャレンジしたくなったのが率直なところです。
──ファンタジーが舞台なのにステータス画面が出てくるのも、僕らは違和感なく受け入れています。
光永:異世界ファンタジーは、もはや何でもありの状態だということが見て取れると思うんですけれども、それが敷居の高さに繋がっていない。むしろ入りやすさになっているのも、「異世界もの」で描こうと思った動機ですね。
ゲーム実況動画を見ているように楽しんでもらう体験型漫画
光永:「異世界もの」のもうひとつの特徴は、チートで俺TUEEE(※)が多いんですよね。主人公が無双する爽快感も読者が楽しめる大きな要素です。
ライバルとしのぎを削ってギリギリの戦いをするよりも、イージーに難関をクリアする。それって、ものすごい上級プレイヤーのプレイ動画を見ている感覚に近いと思いませんか?
(※チート、俺TUEEE:ともに、主人公の強さや能力が超越していることを指すネットスラング)
──言われてみれば……『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を30分以内でクリアするRTAとか、モロに俺TUEEE系ですね。
光永:上手い人のプレイ動画って、自分がプレイしたら苦戦しそうな敵でも、どんどんなぎ倒していく姿がすごく気持ちいいわけですよ。俺TUEEE系も「異世界もの」を代表する大きな特徴になっていて、「これってもはや超能力だよなー」って。
じゃあ最強って何なんだろう? って考えたら、パッと2秒くらいで時間停止が思い浮かびました。これ以上の最強能力はないんじゃないかなって。
──時間を止める手段が、レトロゲームのコントローラーを使うアナログな方法でユニークです。
光永:「異世界もの」がゲーム的な要素を含んでいるので、ゲームを遊んでいる最中にポーズボタンを押して一時停止する行為を漫画にする事も、すぐに思いつきました。
僕はゲームを遊んでいて、強敵に出会ったらとりあえずポーズして、お茶を飲んだり気を落ち着かせたり、場合によっては中断して遊びに行ったりするんですよね。
──セカイも同じ行動ですよね。何かイベントが発生したり詰まったら、とりあえず一旦時間を止めてから考える。
光永:ゲームを遊んでる人ってそういう行動すると思うんですよ。だから時間停止する主人公って、読者もゲームをプレイしている気持ちになって親和性が高いんじゃないかと思うんです。
──「時間停止勇者」の面白さが、ゲームプレイ実況動画を見ている面白さと共通する……すごく腑に落ちました。
光永:読者の皆さんが「俺ならこうしたいなー」って考える行動を、セカイ君にもしてもらってます。連載開始する時に、そうした体験型漫画にするのがよろしかろうと思いまして。読者がセカイくんになったつもりで、追体験しながら読めるように強く心がけてます。
くまさんパンツに込められた、作者の強い意思表示
──女の子キャラが出てきたら、スカートの中が見たいなって思うところも?
光永:そうそう。精密に作られたVRの電車に乗って移動するオープンワールドのゲームが、もし仮にあったとしたら、たぶん僕は駅の階段に寝そべるところからスタートします。
(一同笑)
──視点を変えられるゲームだと、スカートの中までちゃんと作ってるのかなって確認しちゃうのも、ゲームあるあるネタです。
光永:とりあえずローアングルの限界を試すとか、男性読者だったら普通にやるよねって部分を描かないと、体験型にはならないんじゃないかと思って積極的に入れてます。
──パンツ脱がすところまでやるのか? ってためらいませんでしたか?(笑)
光永:それは連載前に2人の担当編集さんと会議しました。「エロはやるべきか、やるんならどこまで踏み込むか」って。綿密に話した結果、「時間停止である以上、エロは絶対に避けられないから、やろう!」とアクセルを踏んだ形です。
──パンツに限らず、おっぱいも見せてくれるセカイ君が我々読者の味方です!
光永:自分にはできないことをやる主人公ってことで。セカイがガンガン服を脱がせていくところに、皆さんが楽しんでくれているのを感じます。
「自分ではさすがに抵抗あるけど、こいつがやってるところは見てみたい」って読者さんに思ってもらえたら嬉しいです。
──セカイのセクハラで真っ先に犠牲になったのはニーニャでした。
光永:この漫画の第一話の1コマ目が、「くまさんパンツ」なんですけども、あれが「この世界のリアリティのラインです」っていう、僕なりのサインでございまして。
中世の技術レベルにこだわったら、もう絶対に現代のパンツは出せない。でもそこは「すごくゆるい設定の漫画ですよ」って提示するために、くまさんパンツを出したんです。
──現代の裁縫技術で作られた布が、安価に市民みんなが穿いているわけがないってことですね。
光永:そこをリアルにしても誰も得しませんから、あえてリアリティを無視しました。現代もののパンツの方が、作者も見たいし、みんなも見たい。そっちを重視していきますって意思表示としての、「くまさんパンツ」なんです。
ボス戦の前で一時停止するプレイヤーの行動を、漫画として描く
──時間停止の使い方としてはもうひとつ、何ヶ月もかけてサンドワームと戦ったり塔を攻略したり、止まった時間をフル活用して無理やりクリアすることも「時間停止勇者」の面白さです。
光永:異世界で時間を停止させたら、あとは詰将棋と一緒なんですよね。「みんな時間を止めれば無敵だと思うでしょ? だけど俺、めっちゃ苦労してるからね!」っていうのを描くとアホっぽいかなー? って思って(笑)。それをいろんなバリエーションでやるのが、この漫画の前提になってますね。
──時間停止したものの、全然別のダンジョンを攻略しちゃったり、トライ・アンド・エラーするセカイの苦労も面白いです。
光永:例えば「死に戻り」の能力も一種のゲームプレイで、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で主人公が無敵なのは、同じステージのゲームを何回も死んで覚えたからですよね。それって、まさしくゲームをプレイする私達の感覚なんですよ。
──『スーパーマリオ』で難しい面を繰り返しプレイしてクリアするのと一緒だと。
光永:僕も『ゼルダの伝説』シリーズとか『ウィッチャー3』を遊んでいて、ボスのところで絶対ポーズかけますからね。その間に攻略ページを見にいったりして対策を練って、しばらくゲーム止めっぱなしで、ゲームに戻らなかったりするわけです。
そうしたゲームプレイでは常識的に取っている行動を、漫画の中に落とし込む。読む側は「自分たちがゲームでやってることを、主人公がやってくれている」ので、すごく共感が得られやすいんじゃないのかなという気がしています。
──本当にゲーム体験をさせてくれる漫画なんですね。
光永:セカイくんは現代人でゲーマーなので、とりあえずポーズしてリサーチしてから倒すのが基本です。ダメージを受けたくないし、死んで残機があるかどうかわからない状態なので。難しいゲームって一回は必ず死ぬ場所が出てくるじゃないですか。
──初見殺し、ありますね。
光永:セカイは初見殺しされるわけにいかないので、石橋を叩いて渡る。結果的にすごい回り道するのも、彼の中では当然だと思ってやってるんでしょうね。
──初手でリーファに斬り殺されそうになったり、初見殺しに近い状況もありました。
光永:ゲームでも舐めプ(※)してると、意外とくだらんことで死んじゃうんですよね(笑)
(※舐めプレイ:手を抜いてゲームを遊ぶこと)
──セカイ君も、調子に乗っちゃう所がありますよね。
光永:そもそもセカイは現実世界で炎上していたくらいですから、まぁまぁ調子こいてドヤる、良くも悪くもやらかしそうな感じの子なんですよ。
──彼がやらかして、炎上したSNSの内容が気になります。
光永:炎上を、不愉快な気分にさせないで描くことは本当に難しいところで……。加瀬あつし先生の『カメレオン』って漫画で、ヤンキーのイキってる写真を投稿して雑誌に載ったら地元でヒーローになる、みたいなエピソードがあるんです。
首がもげて転がってる地蔵を主人公が見つけて、地蔵の首を持って写真に撮って、そんな罰当たりなやつはいねえ! ってギャグなんですけど。でもその矢沢くんですら、地蔵を破壊してないわけですよ(笑)。
僕はこれを読んで「なんて優れたアイディアなんだろう!」って加瀬あつし先生を尊敬しました。
──炎上をギャグとして処理して、笑いも取れる。そのさじ加減はすごく難しそうです。
光永:セカイ君がやらかしたエピソードで真っ先に思い浮かんだのは『カメレオン』のこの話なんですけれども、これを超えるアイディアが出てこないんですよね。加瀬先生はやっぱりすごい! 素晴らしいと改めて実感します。
©︎光永康則/講談社
ある世代以降が抱く、ファンタジーのイメージ像を裏切らないキャラデザNEXT
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