2020.11.14
ひとの言葉を話し二足歩行で歩く、犬になりたい猫・とらちよが繰り広げるほんわかコメディ!『田舎ねこ とらちよが行く!』沖たばかり【おすすめ漫画】
『田舎ねこ とらちよが行く!』
本日のピックアップはこちら、かわいい動物キャラとスローライフの合わせ技でほのぼのさせてくれる『田舎ねこ とらちよが行く!』を紹介したい。
主人公の虎千代(とらちよ)は猫である。山奥の一軒家で自然に囲まれた一匹暮らしをしつつ、ある経緯で知り合った大学生女子・水月(みづき)ちゃんやその兄・日向(ひなた)くんと交流するため町へ下りたりと、のんびりした生活を送っていく。
とらちよは、いろんなことができる猫だ。
子猫時代に命を助けてくれたおばあさんから読み書きを教わり、ひとの言葉を話せるようになっている。劇中では「そうはならんやろ」とツッコミが入るが、なっているのだから仕方ない。『ポプテピピック』風に言えば「なっとる! やろがい!」の趣だ。
さらには、直立二足歩行もできる。それで空いた前足を器用に動かして道具をあつかい、畑仕事なんかもできる。宅配便の受け取りもできるし、スマホだって使いこなす。
つまり人間にできることの大半が、とらちよにはできるのだ。しかし、とらちよがそんな自分に満足することはない。
「私は… 犬になりたいのですニャア」
一体なぜ……。
きっかけは、恩人のおばあさんがお正月に干支の動物の置き物をお屋敷に飾る習慣をもっていたこと。とらちよは、そこでひとつの問題に直面した。猫年はいつかな? と待っても待っても……そう、来なかった。猫年なんてものはないのだ。ショック!
思い返せば、おばあさんに読ませてもらった本では犬たちが大活躍していた。ひとの役に立ち、力強く、勇気がある。犬って、なんてすてきな動物だろう!
かくして、犬に憧れる猫ができあがった次第である。
とらちよの夢は微笑ましく、可笑しい。しかし一方で、届きようのない夢に手を伸ばす姿はほんのちょっぴり、しんみりもする。ここが本作のうまいところだ。
とらちよが猫のレベルを越えた生活能力で快適なスローライフを送るさまはそれだけだと都合のいい状況設定になりかねない。そこへ根本的にままならない願いを差し込むことで、ある種のけなげさを見守る作品に整っている。できることが多ければ多いほど、ただ一つ「犬になりたい」の遠さが際立つわけだ。
犬耳のついたフードをかぶって犬気取りするとらちよは、かわいい。警察犬の存在を知って「犬のおまわりさんは実在するのですか!」とテンション上がるとらちよは、かわいい。
それらのかわいさは、目指しても物理的には叶わない夢を追っている図である切なさの裏ごしなのだ。もしかしたら「犬」を精神的なスタイル、生き方の象徴ということにすれば叶うとみなせるかもしれないが、はたして……。
いや、長々と書いてしまったが、本作はまず第一にゆかいで和気あいあいとしたリラックスを提供する作品だ。上に述べたことに身構えて堅苦しく読む必要はべつにない。
ほのぼのした癒し感に加え、笑いを催すコメディ漫画としての強度もしっかりある。個人的にお気に入りのシーンは第1話-(3)の冒頭。ちゅ〜る的な猫用おやつを差し出され「これで友達になろう!」と誘われたとらちよが、即座に「いえ私にも尊厳がありますので」と返すセリフの切れ味が素晴らしい。
なお連載は「COMICポラリス」でWeb配信中だが、単行本第1巻が2020年11月13日に発売されたばかりなので、今からチェックするならクローズになった話数もまとめて読める単行本から入るのがいいだろう。
──以下余談。
COMICポラリス連載の猫マンガといえばもうひとつ、『社畜ねこ』がある。そちらは都会のサラリーマン猫が会社で働く意味と無意味の狭間で心を虚しくするシニカルな寓話になっており、『田舎ねこ』とは色々と対称的なのであわせて読むと落差で脳が左右に揺れて楽しいぞ!(おい)
©沖たばかり/フレックスコミックス