2018.06.11
【インタビュー】『マイホームヒーロー』山川直輝「これは会話のバトルマンガ」
しがないただのサラリーマンが、娘を命の危険から守るために犯人らしき男を殺してしまう。しかし、その男は犯罪組織のメンバーだった……。家族を守るために、自身も闇へと引きずり込まれていくクライムサスペンス、『マイホームヒーロー』。
「週刊ヤングマガジン」で連載中の本作は、6月6日に最新刊の第4巻が発売。自身や家族の命が、常に綱渡りのような状況にさらされてきた主人公・哲雄と、組織の男・恭一との、生死をかけた怒濤の騙し合いはついに最終局面をむかえ、物語は更にヒートアップしてきている。
そこで今回、原作を担当する山川直輝先生へインタビューを実施。作品作りにおける信念や、マンガにかける想いについて伺った。
あらすじ:鳥栖哲雄は、一人娘・零花を愛するしがない会社員。 ある日、彼は零花の顔に殴られた痕を見つける。 誰にやられたのかと問い詰めても、零花ははぐらかすばかり。 その帰り道、哲雄は犯人らしき男を見つけ、後を付けていく。 しかし、それが家族の運命を変える事件の始まりだった。 父は娘のため、家族のため、修羅の道へと歩き出す。 『100万の命の上に俺は立っている』山川直輝×『サイコメトラー』朝基まさしが贈るジェットコースター・クライム・サスペンス!
(取材・文:miyamo/編集:コミスペ!編集部)
タイトルと作品内容の関係性は、一切考えずに描いている
──一介のサラリーマンが愛する娘を傷つけた男をやむなく殺した結果、反社会組織との熾烈な駆け引きを余儀なくされ……とハードな状況が展開する本作で、主人公を超人化させずあくまで平凡な男として描くための線引きで、どのような点に気を付けていますか?
山川直輝(以下、山川):全ての登場人物においてそうなんですが、「その人にできたらおかしい事」は何もさせていないつもりです。
──47歳という哲雄の年齢は青年誌の主人公としても高めですが、作品づくりの上でその年齢設定から生じるむずかしさ、あるいは逆にメリットはありますか?
山川:「精神年齢が○歳で止まってる」というおじさんの話をよく聞きます。
自分も20代前半で止まっていると感じるので、「年齢的に体力が低い」「若者よりは丸くなっている」という事以外は、年齢については特に気にすることなく描いています。
──他メディア(※)でのインタビュー記事を拝見しました。山川先生はプロット執筆時の御年が27歳、ミステリーにふれるのは主にマンガ、そして就活経験はなかったため生みの苦しみを味わったとのことですが、ご自身とは大きく異なる主人公を造形するにあたり、どの要素にいちばん苦労なされたでしょうか。(※「ダ・ヴィンチ」2018年5月号)
山川:「『ミステリー好きであるはずだから』『結婚しているなら』『子供が居るなら』哲雄は知ってるであろう事を、自分は実際は知らないから描けない」という欠点はあるものの、主人公が同じ男だということで、哲雄に関してはそんなに難しくないです。
ただ、哲雄の妻の歌仙(かせん)は、何を考えてるか、ほとんどわかりません。
連載開始前、3話まで上がってる状態で、担当編集に「4話は歌仙を主役に、具体的にどう哲雄の事を愛しているのかにスポットを当てた回にしてくれ」と言われた際、色んな文章や映画を見ながら2ヶ月間試行錯誤した挙げ句、最後までそのエピソードを描く事はできずに諦めました。
──その歌仙は、夫が「組織」をあざむくのを幾度もファインプレーで手助けし、家族三人の幸せのため社会倫理を踏み越える肝っ玉を持っています。彼女のことを、“もうひとりのマイホームヒーロー”と受け取ってもよろしいでしょうか。
山川:普段、タイトルと作品内容の関係性は、一切考えずに描いています。読む人がそれぞれ決めればいいと思いますし、取りようによっては敵サイドにも家族のために奮闘しているキャラは複数居ると思います。
──哲雄があやめた麻取延人の、父・義辰についてお聞きします。鳥栖一家にふりかかる災難の奥底にいる男で、元会社員、大金を巧みに動かす凄腕の詐欺師。自分をふくめて人命を軽んじながらも「子供は親が守らなきゃ」と一人息子に執着する……と、さまざまな点で哲雄と対比的です。両者を裏返しの存在として描くのは、最初から意図しておられたのでしょうか。
山川:最初は義辰の設定はそんなに綿密に決めていなかったものの、その対立構造はテンションの上がる王道なので、「対立したほうが面白くなるだろう」という事は描く前から分かってたと思います。
なので、年齢は最初から同い年でした。細かい部分は描きながら考えていった、という形です。
何でもありの「半グレや一般人」が題材
──本作が生まれたきっかけは「『ブレイキング・バッド』のようなマンガが読みたい」という担当編集氏の一言だったそうですね。それを受けて裏社会モノのプロットを複数お出しになったうちのひとつが原型になったとのことですが、初期の構想時点のプロットと、実際の本作の展開とで何か違いはありますか?
山川:200~300文字程度のプロットだったので、第1話を描き終わった時点で、プロットの9割を描き尽くしました。変更点はありません。
──哲雄が死体の処理方法を検討・実行する筋や、「組織」の構造と人間関係など、具体的でディテールの利いた描写が多くみられます。細かい情報を盛り込むにあたり、役立った参考資料や影響を受けたコンテンツがあればお教えください。
山川:「半グレ組織」の参考資料はマンガ『ギャングース』です。
今の所、直接は出てきていませんが、半グレのオーナー組織として見え隠れするヤクザは、映画『アウトレイジ』シリーズを参考にしています。
裏社会マンガ『東京闇虫』シリーズで、連載開始前から終わるまでの6年間アシスタントをやっていた事から「裏社会の知識全般」では大きく影響は受けていますが、そんなに詳しく聞いてないです。それ以外はほとんど想像です。
そして、想像で補えるように、ある程度ルールや仕来りのある「ヤクザや警察」ではなく、何でもありの「半グレや一般人」を題材にしている、という面もあります。
これは「会話のバトルマンガ」
──原作者の目から見て、とくにここは朝基先生の手で描き起こされた甲斐があったというエピソードや場面、セリフなどはありますか?
山川:基本的には元々小学生の頃から『サイコメトラーEIJI』の読者でファンだったので、常に思ってます。
キャリアも画力もかなり高いので、原作ネームでは「セリフ」と「物語」だけで、「演技」「構成」「演出」を全てお任せしているシーンも多々あります。会話が中心となる回も多いので、画力の高い人が描いたことにより読者を惹きつけることができた面も多いと思います。
──逆に、原作を練る段階で山川先生ご自身でとくに手ごたえを感じたエピソードや場面、セリフなどはありますか?
山川:基本的に「最新話が最高傑作」だと思ってる派(割と居ます)なため、過去の回を読み返すことに耽りすぎないよう気を付けていますが、それでも1~3話は最高の出来だと思っています。
最新4巻では、巻の1話目、26話の、歌仙と恭一の母の会話の序盤から中盤は、読み返しても良く出来てると思いました。
──最新の単行本第4巻では、哲雄と「組織」の構成員・恭一との探り合い・騙し合いに満ちた危うい協力関係が大きな山場を迎えます。妻であり母である歌仙の活躍もますます増えて多面的に事態が進むなか、見どころが多いと思いますが、山川先生から読者のみなさんへおすすめの注目ポイントをお教えください。
山川:建前を喋りながら本音をモノローグで描く、ハンターハンターで見かける頭脳戦の演出の1つが好きな皆さん、自分も好きです。そしてそんなシーンがこのマンガにも沢山出てきます。
この最新巻でも敵味方問わず多くの登場人物が、建前や嘘を喋りながらチャンスを伺います。「会話のバトルマンガ」みたいなもので、アガるので是非御覧ください。
マンガ……最近読んでますか?
──過去に影響を受けたマンガや、マンガ家がいれば教えてください。
山川:影響を受けた順に、『大長編ドラえもん』『ハンターハンター』『惑星のさみだれ』『GS美神極楽大作戦』『バトル・ロワイアル』『ドラゴンボール』『ヴィンランド・サガ』などがあります。
また、吹き出しを、セリフの「意味」ではなく「音の余白の時間」単位で分けるのは、安彦良和先生の影響です。
マイホームヒーローだけの話をすると、『ギャングース』『ハンターハンター』『名探偵コナン』『サイコメトラーEIJI』『金田一少年の事件簿』の順に影響を受けてると思います。
──マンガ以外で、普段の趣味やはまってることなどあれば教えてください。
山川:映画、ゲームは、ずっとやったり観たりしていて、海外ドラマでは『ゲーム・オブ・スローンズ』、TV番組では『クレイジージャーニー』『陸海空 地球征服するなんて』『タモリ倶楽部』『ゴッドタン』『鉄腕DASH』『アイキャラ』などが特に好きです。
アニメは前はよく観ていたんですが、ここ数年であまり観なくなりました。
ラジオは、『伊集院光とらじおと』『たまむすび(主に火・木)』『アフター6ジャンクション』『東京ポッド許可局』『月~金JUNK』『火・土曜オールナイトニッポン』『粋な夜電波』『サンデーナイトドリーマー』『プチミレディオ』を、ほぼ欠かさず聞いています。
『生活は踊る』『セッション22』『日曜サンデー』『ラジオなんですけど』は、聴いたり聴かなかったり。
──他にも告知情報などあれば、教えてください。
山川:別マガで『100万の命の上に俺は立っている』というのも描いていますので、そちらもよろしくどうぞ。
──最後に、本記事を読んでいる読者へのメッセージをお願いします。
山川:マンガ……最近読んでますか?
スマホで見られる動画やゲームへ趣味の時間を割かれる事によって、マンガは業界全体で売り上げが数%減、逆にタイトル数はアプリマンガの登場で数年前の2倍に膨れ上がってます。
マンガのいい所は「数人で作れる所」で、ネックになるのはやはり同じく「数人で作れる所」だと思います。
タイトル数が倍ということは、単純に作家数も倍になってるわけで、作品の質も上下のブレが激しくなりやすいのではないかと思います。せっかく読むなら質の高いものを目にしたいものです。
よく言われる邦画や日本のドラマの構造的な問題のひとつに、「色んな立場の人に色んな事を言われる」事があります。
事務所の都合で美男美女の俳優が、汚い役(悪役という意味ではなく)に挑戦させてもらえなかったり、時代劇の庶民のはずなのに思いっきり化粧をしていたり、既視感のある人選でローテーションしてたり。
スポンサーも、製作委員会方式により、「出資社数が増えて、1社辺りの出資額が減っている」と言われていますので、口出しする人数も増えていると聞いています。
ゴリゴリに編集された番組は「色んな人の意見を聞きすぎて、演者の人間味が出ていない」問題を抱えがちですが、『クレイジージャーニー』や『陸海空』のような人間味を重視した番組も台頭し始めていると思います。
長寿番組ですが、『タモリ倶楽部』や『ゴッドタン』もそうだと思います。有吉弘行さんやマツコ・デラックスさんの人気の一端も、「自分で考えた意見を喋る」事から人間味が見える事だと思います。
最近はNetflixやAmazonなどの映像班が、自分たちで聴取した資金だけで、スポンサーを付けずに超高品質な映画やドラマやアニメを作り出しています。その質の高さは「視聴者や偉い人の意見をあまり聞かなくていい」事から生じる、「自由度の高さ」「作り手の人間味が見える事」が理由の一端だと思います。
ラジオが好きです。
「リアルタイムで、個人の意見を、それなりに長い時間を使って喋ることができる」事から生じる、「自由度の高さ」「話し手の人間味が見える事」が成立するメディアだからです。報道の場合も「表面的なことじゃなく、事の本質をしっかり話せる時間を用意できる事」が、質の高さにつながるのだと思います。
先に上げた有吉・マツコさん達も、「TVなのにラジオ的な事をやっている」人だと認識しています。
そしてマンガは、それらと肩を並べることができるジャンルだと思います。数人の考えで作れる自由度の高さにより、個人の考えで身軽に面白さを追求できるからです。
ただ先に言ったとおり、タイトル増にともない作家の頭数も増えた結果、品質の振れ幅も大きくなるでしょう。そんな状況で、お金を払って買う単行本でがっかりするものを引いてしまったら、と考えてためらう方々が出てきます。
平均収入が下がっている中、人によっては1冊が数百円でも高いと感じるかもしれません。
そんな場合は、先に雑誌やアプリで読むのはいかがでしょうか(「コミックDAYS」は月額720円でマンガ雑誌6誌を読むことができます。ヤンマガも読めます)。
各種の漫画賞を参考にするのはいかがでしょうか。
レンタルコミックはいかがでしょうか(レンタルコミックは作家や出版社に金が入ります)。
外国語版として翻訳もされている、という事も1つの指標になるのではないでしょうか。
インタビュー記事を参考にするのはいかがでしょうか。
雑誌に載っていて、漫画賞の本に名前が載った事があって、レンタルもされてて、翻訳もされてて、インタビュー記事もあるマンガなら外れない可能性が高いでしょう。
実は、そんな条件に1つ思い当たる作品が……あります。
つ『マイホームヒーロー』
──今回はありがとうございました。