2018.06.28
【日替わりレビュー:木曜日】『潜熱』 野田彩子
『潜熱』
バカだなあ、とわかっているのに。
危険な相手に惹かれてしまう時期は、多くの人間が通る道か。
『潜熱』は、コンビニでバイトしている瑠璃が、客である逆瀬川に惹かれ始めることから始まる。
瑠璃は美人だが男嫌いの女子大生。そんな彼女が惚れた逆瀬川という男は、瑠璃と親子ほどに歳の離れたヤクザで、女好きの傍若無人。
瑠璃は、いつも同じタバコの銘柄を買う逆瀬川にだんだんと惹かれ始め、次第に積極的に彼に迫るようになる。逆瀬川にとっても、彼女は彼のタイプの女性であり、彼女の誘いは決して断らない。空回りする彼女を放っておけるくらいの余裕すらある。男嫌いの瑠璃が逆瀬川に惚れたのも、この大人の余裕があったからこそだろうか。
浮気男との火遊び程度なら、ちょっとした火傷で済む。しかし、相手は数多の女をはべらかしてきたヤクザだ。彼との仲が親密になっていくほど、瑠璃の前には新たな障害が現れ、ときに心も体も傷つけられていく。
終始ヒリヒリした状態で連載中のこの作品。設定だけ見れば美しいアバンチュールのようにも思えるが、内容はむしろ冷静をもって描かれていて、終始客観性が保たれている。
主人公の瑠璃は明らかに“いい男”とは呼べない人間に恋をしていて、瑠璃のことを思う友達にも反対され、瑠璃自体も傷つきながら、周囲からはその歳の差と雰囲気から「不倫か?」と好奇の目で見られる描写もはさまれる。彼らの恋愛は全く美しくなく、全体的にずっと、痛々しいのだ。
こんな男を選ばなければ、そんなに泣く必要もないのに。バカだなあ、と思いながらも、読むことをやめられないのは、彼女が諦めずにもがいているからだ。必死にしがみつこうとしているからだ。
そこには恋する乙女というよりも、どこか腹をくくった彼女の強さもある。痛々しいのも恥ずかしいのも百も承知で、彼女は自分の欲望に忠実に生きている。若かったころのいっときの過ち、なんてものには終わらせないような覚悟を感じる。
この物語がどう収束していくのかはわからないし、こんなに希望が感じられない関係性もないのだが、そんなのおかまいなしに突き進む瑠璃の若さと情熱には目を離せられないものがある。
©野田彩子/小学館