2018.08.18
【日替わりレビュー:土曜日】『野宮警部補は許さない』宵田佳
『野宮警部補は許さない』
あらゆる集団は、人間によって構成されている限りはどこかで私情にかられた不正・不祥事が発生する可能性をつねにはらんでいる。
例えばそれは警察という、社会正義の突端に立つはずの組織ですら例にもれることはない。
犯罪をとりしまる警察に属する人間が罪を犯すとき、外側から手を入れて処理するのは非常に困難だ。
そこで自浄作用を担うのが、いわゆる「警察の警察」……監察である。
「月刊コミックゼノン」のノース・スターズ・ピクチャーズによるWebマンガ配信サイト「WEBコミックぜにょん」で連載中の『野宮警部補は許さない』は、その監察をサポートする職場を描くユニークな題材のお仕事マンガである。
舞台となるのは、警視庁の警務部。
一般的に「警務部」は警察職員の人事や厚生そのほかを担当する部署ですべての都道府県の警察本部に必ず置かれるものだが、警視庁のそれともなれば“警察組織の中枢”の看板に恥じぬエリート中のエリートたちがつどう場所である。
主人公・橋本檸美はそんな警視庁本部の警務部へあこがれて実績を積んだ結果めでたく異動になったのだが、配属された先は「警務部特別対応室」通称“トクタイ”という名のこじんまりしたセクションだった。
業務内容をきいてみれば、監察だけでは対処が追いつかないような、あるいは緊急性が低いタイプの細かい問題行為(非行事案)が表沙汰になる前に調査・解決する役目を担っているという。
仮にも秩序を守る警察で、そんなにトラブルが起こるものだろうか?
疑問に思った檸美に対し、「警察の人間が皆 善人なわけじゃない」と身も蓋もない言葉を返したのは主任の野宮警部補。
同性の部下をホテルへ強引に誘おうとした刑事課長。
酔った女性を閉じ込めて失禁するまで監禁した、刑事部長の息子。
機動隊でパワハラが行われているという告発があっても調査に協力しない隊長。
檸美は指導員につけられた野宮につきそい、彼の言葉の意味するところを次々と目の当たりにしながら“トクタイ”の一員として少しずつ成長していく……というのが本作の主な内容となる。
なんといっても見どころは、タイトルロールである野宮警部補の強烈なキャラクターだろう。
野宮は他部署の職員たちにはキラキラ輝いてみえるほど爽やかで人当たりのいいイケメンだが、同僚である特別対応室のメンバーには不愛想でおとなげない言動を投げつける二面性の大きな難物だ。
立場をかさにきた調査対象からイヤな思いをさせられれば逐一それをノートにつけて、ぎりぎり法を踏み越えない範囲のイタズラめいた策略と工作で追い詰め、悪事を暴くと同時に仕返しするというねちっこい性格で、第2話に檸美が評した「下衆をもって下衆を制す野宮さんです」という言葉が言いえて妙である。
同時に、問題がないと証明するためにもやはりしっかり調査することが必要という面をとらえた第3話のように、「警察の警察」はけっして不祥事を暴くこと自体が目的ではなく、あくまでも組織のクリーンさをどのように保つかという課題の下で手段としての調査があるというわきまえもちゃんと描かれているのが好印象。
野宮警部補が檸美や調査対象を傍若無人にふりまわすさまが面白いコメディでありつつ、一本筋の通ったプロフェッショナルのドラマでもあり、読みごたえのある一作となっている。
ベタなハリウッド映画のサスペンス劇などでは内部監査の職についている登場人物は身内の粗探しをする嫌われ者として描かれやすいが、こういう作品にふれると観点がだいぶ変わってくるものだ。
©宵田佳/徳間書店