2018.11.01
【日替わりレビュー:木曜日】『あの人の胃には僕が足りない』チョモラン
『あの人の胃には僕が足りない』
食べたい…でも、食べたくない…!
ペットや恋人に対する極まった愛情表現で「可愛すぎて食べちゃいたい」という言い方がある。これはもちろん「食べてしまいたいくらい」好きなだけで、本当に食べたいと思っているわけではない。相手に噛み付いたり食べる仕草を見せたとしても、そこ止まりだ。誰もそこから肉を食いちぎり咀嚼し飲み込み我が血肉に取り込みたいと思っている人はいない(はずだ)。
「モーニング」で連載中の『あの人の胃には僕が足りない』は、その「食べる」がマジで起こりうるという点で、ハラハラがつきまとうラブコメだ。
主人公は、料理上手な中学生の蒔江。彼は、高等部の先輩である満腹さちに想いを寄せていた。それと同時に、ひとつの悩みも抱えていた。幼い頃から、他の人には見えない妖怪のような「何か」が見えてしまうのだ。授業中でもおかまいなしに突然現れて「ちぎってもいいですか」と意味のわからないことを言いながら、近づいて来たりするせいで、彼は毎回冷や汗を垂らす。
ある日、さち先輩と歩いていると、いつも通り不気味な「何か」が現れた。しかしいつもと違ったのは、さち先輩もそれが見えていたこと。それどころか、「あとは私に任せて」と言った途端、彼女まで不気味な妖怪のような姿に変貌し、その「何か」を丸ごとむしゃむしゃと食べてしまったのだ。
さち先輩いわく、正体不明の「何か」は「ワタリ」という存在で、主人公はワタリを引き寄せる「体質」をもっているのだという。そして同時に、さち先輩自身もワタリであり、彼女は蒔江に対してずっと「おいしそう」と思いながら顔を合わせていた、と自白する。しかし同時に、彼を守りたいという。食べたくなんてない、という。いつだって守ってあげたいと言いながら、「でもやっぱりいい匂いがするよ」と泣いてしまう。
歳上の大きなお姉さんに対する少年の淡い恋心は、一転、怪奇現象とともに始まる壮大なファンタジーへと変貌してしまった。しかし、相変わらず彼はさち先輩のことが好きだし、さち先輩は彼の「匂い」にお腹を鳴らしながらも、彼のことを守りたいと必死に戦っている。
力加減を間違えたり理性を失えば、途端に守りたかった小さな存在を壊してしまう、という点でさち先輩は悲しきモンスターだ。それでいて、悲壮感のない、むしろほのぼのとした日常とともに描かれる作品のバランスはすごい。怪奇ものとラブコメが見事に合体していて、萌えどころも山ほどある。
とにかくいろんな要素がてんこ盛りで、一見胸焼けしそうな作品だが、その絶妙な溶け合い方が癖になる。
©チョモラン/講談社