2019.05.18
幽霊が見える女子高生が平静を装い続ける、ホラーコメディ!『見える子ちゃん』泉朝樹【おすすめ漫画】
『見える子ちゃん』
ふと、もの思う。「主人公とはいったい何だろう?」シンプルだが難しい問いではある。作者や受け手の考えかたしだいで、百の作品があれば百どころか千にも万にも答えが出てくることだろう。その無数ある答えの一つは、例えばこうだ。
“主人公”を英語に訳すさい、しばしば“ヒーロー”の語があてられる。ヒーローとは余人にできない何ごとかを「できる」者であり、自分にできることを「しなければならない」者であり、しなければならないことを「おこなう」者である。そしてその姿にスポットライトが当てられた時、それが主人公となる──。
さて、そこで『見える子ちゃん』である。作者のTwitterで発表され話題となったのちKADOKAWA「コミックウォーカー」で連載が始まった本作は、上に書いた意味での主人公観に対しておもしろい攻め手を示す。
内容は、幽霊が見える体質になってしまった女子高生が家や学校、街の行く先々でオバケに出くわしては人知れず苦労するさまを描いた心霊ホラーなのだが、同時にそれを一属性ヒロイン押しの日常コメディに流し込んだフォーマットの合体感に妙味がある。
身体が崩れ、ねじまがり、ふくらみ、部分が欠けたり増えたりしている異形の幽霊たちはいつでもどこでも少女のそばに現れる。じっとこちらの様子をうかがうこともあれば、「みえてる?」と声をかけてくるモノもいる。バス停、更衣室のロッカーの内側、ファーストフード店内でナンパしてきたイケメンの隣、はては自宅の洗面台の前や家族団らんの食卓、さあ寝ようともぐりこんだベッドの中……安全地帯などどこにもない。
とにかくやつらは急にあらわれ、少女に反応してもらうためにアピールしてくる。
そう、反応が問題なのだ。見える子ちゃんは、ただ“見える”だけの女の子。べつに除霊ができるわけではない。霊を追い払ったり滅ぼしたりという積極的なアクションは無理なのだ。じゃあどうする? やれることはたったひとつ。
全力で無視! 完全にシカト! である。
どんなにビックリしても「わあ驚いた」と言ってはいけない。至近距離にドス黒い顔を寄せられて心臓がバクバク高鳴っても「怖い!」と悲鳴をあげてはいけない。逃げだすのもアウトである。逃げるってことは見えてるんだな、と霊に気付かせてしまうからだ。
ここに、本作のシチュエーション立ての面白さがある。客観的・即物的には、そこにあるのはただただ、ひとりの女子高生が寝て起きて飲み食いして勉強して遊んでまた寝るというごくありふれた日常生活である。それ以外にはなにも行われてはいない。なのにこんなにも事件が満載でスリリング。そして少女が平静を装いながら恐怖に内心悶えるギャップにより、高度にフェティッシュで官能的ですらある。
見える子ちゃんは霊視できる目をもち、それを身の安全のため周囲の人間だけでなく幽霊に対しても秘密にしなくてはいけない。「できる」と「しなくてはいけない」を備えている。じゃあ、力があるのに無いものとして過ごすのは「おこなう」を欠いているのかといえば、さにあらず。彼女は全身全霊をふりしぼって「“何もしない”をする」のだ。逆説的に、でも最大限に、行為につとめる人間の姿がそこにある。だから彼女はしっかり主人公たりえている。
そんな彼女を引き立てる幽霊たちの性質も毎回さまざまで、作者の発想力に舌をまくところ。危険な霊だから無反応に徹する回ばかりでなく、むしろ見える子ちゃんのほうから声をかけたい、コミュニケーションを取りたくてたまらない相手が霊になっているけど無視しなくてはいけないので切ない……という、逆手にとった展開でしみじみさせるエピソードもある。
シンプルな状況設定のなかで、たいへんに豊かなバリエーションを味わい続けられる作品になっている。
©泉朝樹/KADOKAWA