2019.06.18
【インタビュー】『初恋ゾンビ』峰浪りょう「二人は恋をやり直した」【完結&17巻発売記念!】
告白しないだろうなというのは、何となく予感がしていた。
──「素直」であることを良いことだと教わり、そう思って生きてきた部分が私個人的にはあったのですが、作品を通して「素直であることは必ずしも良いことではない」ような場面もあるように感じました。
峰浪:率直に言うと、思ってることを素直に全部言ったら崩壊しますよね。人ってずっと赤ちゃんなわけではないので、欲求をそのまま言うわけにもいかなじゃないですか。自分が持った感情をまずは言うべきか否かを考えるのが人間だと思いますし、そこにこそドラマが生まれると個人的には感じています。
──そういう意味だと、江火野さんはそこの言うべきか否かを上手く考えられないという一面があるキャラだったんですね。
峰浪:そうですね、彼女はある種の幼稚な面を持っていたのだと思います。素直であることが純粋に良いことだと思っていたというか。そのこと自体に、段々と疑問を持っていくキャラになっていった感じです。
──それが彼女の成長だったんですね。
峰浪:だから彼女は最後に告白しないだろうなというのは、何となく予感がしていました。自分の感情を素直に出すことで場が混乱したり傷つく人がいるというのを、彼女は作中で学んでいったんです。
漫画的には「好き」って言ってるページがあると凄い映えるんですが、でもそのためにキャラの人格を無視することはしたくなかったので。江火野さんが成長した結果、最後は告白をしない選択をするシーンが生まれたのだと思っています。
──ありがとうございます。江火野さん好きとして、凄く救われました。
峰浪:良かったです(笑)。そもそもこの作品、好きって言葉があんまり出てこないんですよ。他の人には言うけど、対象となる本人に言うことは最後までほとんど無かったなと。
──単純に好きと伝えるのではなく、自分なりの言葉で言葉で気持ちを伝える。最終巻でのタロウと指宿くんのやり取りは、それに尽きると感じています。
峰浪:意外とそういう部分が、物語にとって大事だったんじゃないかと思いますね。「好きです」って言葉自体が、私は好きじゃないのかもしれませんが(笑)。
「好き」とか「付き合って」とか、なんだか即物的に感じてしまうんです。もっとそこにはロマンがあって欲しいというか。現実ではそうはいかないかもしれないんですが、漫画の世界ではその言葉で伝えるだけじゃなくても良いかなと(笑)。
リリスと和解するストーリーを読みたかった
──主要キャラ四人(指宿くん、イヴ、タロウ、江火野さん)がどうやって生まれたか、誕生秘話的なものをお話し頂けないでしょうか。
峰浪:私も忘れてる部分があったので当時のノートを見返したんですが、まずラブストーリーにしようとした時に、普通の少年誌のラブコメは描けないと思ったんですね。男の子が主人公で、その周りに容姿の違うヒロインが何人かいて、その子達が何となくイベントをこなして主人公のことを好きになっていく……みたいな。私自身がそれをめちゃくちゃ楽しんで描けない以上、多分作品内に嘘が出てしまうなと。
──そういうのが好きな読者こそ、その嘘には敏感になりますからね。
峰浪:そういった作品が上手い人はいっぱいいるし、その中で勝てるものは自分には絶対に描けないというのが分かって。色々考える中で、そもそもラブストーリーって何だろう、みたいな原点に興味が出て、それって旧約聖書のアダムとイヴじゃないかなと。
──なるほど。
峰浪:あのストーリーって乱暴に言うと、アダムが、アダムの肋骨から生まれたイヴと幸せになりましたってお話じゃないですか。もちろんそこまでには色々あったんですが、イヴと出会う前にリリスっていう他の女の子といたけど、上手くいかなくて……というのがあって。それが凄い男性的で面白いなと思いました(笑)。
──言われてみると、確かに男性的かもしれません。
峰浪:言うこと聞かない他者よりは、自分から生まれたもの、自分の妄想と付き合ったほうが楽しいみたいなのが、何だか悲しい男の話だなみたいに感じられて。もちろんこれは私の解釈というか1つの捉え方であって、完全にそういう話ではないんですけどね(笑)。
でも、私はもっと男の子に希望を持ちたいし持たせたいので、違ったストーリーを読みたいなという気持ちが自分の中で生まれたんです。
イヴと楽しく過ごすことがこれまでの男性の正解だったかもしれませんが、時代も変わっていく中で、そろそろリリスと和解しても良いんじゃないかなと。
そういうのをテーマにして描けたら面白いかなと思って生まれたのが、初恋ゾンビのイヴであり、指宿くん(リリス)です。
──名前から、旧約聖書と関連があると思っていましたが、そうやって二人は生まれたんですね。
峰浪:それと、自分としては少年誌で描くことは絶対にないだろうなと思っていたので、どうせ描くんだったら高橋留美子先生リスペクトで、空飛ぶ女の子を描いてみたいと思って。
──イヴの浮いている姿は、『うる星やつら』のラムちゃんを彷彿とさせました。
峰浪:あとは自分の漫画で登場することはないと思っていたピンクの髪の女の子を、せっかくの機会だから描いてみたかったんです。ピンクの髪で、いっつもパンツを見せてて、空飛んでる女の子といった、自分にとっては1番ありえないキャラにしちゃおうと思いました。
──確かにこれまでの峰浪りょう先生の作品から考えると、イヴはありえないキャラだったと思います。
峰浪:イヴとリリスはそんな感じで、アダムなんて日本人名はまずないだろうと思って、日本人で言ったらアダムは「タロウ」かなみたいな(笑)。日本の男性名の根源的なものというか。
──役所とかの記入例にも、タロウは出てくるほど、一般的な名前ではありますね(笑)
峰浪:そんな感じで3人のキャラを作ったら、主人公のタロウと、自分の妄想のイヴ、元カノ?的な存在の指宿くん(リリス)だけだと、旧約聖書から設定を取っただけの物語になってしまうなと思いまして。
もう1つの未来もあるんじゃないかなというのを提示してあげたくて、江火野さんが生まれたという形ですね。妄想と立ち向かうべき存在と、全部投げ捨てた第三の道というルートみたいな(笑)。
──主要キャラもそうですが、キャラクターに九州の名前が多い理由はどうしてでしょうか?
峰浪:イヴが好きっていう言葉遊びから指宿(いぶすき)って名前に決めたり、タロウは第三の目的なものが開く主人公なので「久しく留まる目」で久留米とかになるかなと考えた時に、ちょうど九州の地方の名前だなと気づいて、だったら全部九州の名前にしちゃおうと(笑)。
──クラスメイトの名前を見た時、随分個性的な名前のキャラばかりだなと思いました。
峰浪:最初の方は行ったことのある地名に限定しようと思っていたんですが、どんどんキャラが増えてそんな縛りは無理だなと思ってすぐ止めました(笑)
指宿くんは性の匂いがチラつくと動揺する(笑)
──単行本のカバーを見ていると、1~5巻くらいまでのカバーと、それ以降のカバーは雰囲気が違いますよね。
峰浪:ちょっとエッチすぎて買いにくいのではないかみたいな話が出たんです(笑)。なので、6巻からちょっと背景を入れてみたりとか、そういう変化がありましたね。
──どれも愛着があるかと思いますが、特に気に入っている表紙とかはありますか?
峰浪:雰囲気としては8巻が好きかも。
担当編集:私は11巻が好きですね。このイヴは凄く可愛いです。
──11巻のイヴの同級生感が素晴らしいですよね。読者の大半は指宿くんが好きだと想像しているんですが、指宿くん好きだったらどのカバーがお気に入りなんでしょうか。
峰浪:指宿くんメインだと結構ふざけたものも多いですからね。15巻みたいに。
担当編集:今度出る17巻かもしれないですね。
峰浪:唐突なネタバレ表紙ですけど(笑)
──確かに17巻の書影が出た時に、反応する女性ファンも多かった印象です。やはり指宿くん好きが一大勢力で、私は少数派の江火野さん好きとして、9巻を推したいです(笑)
担当編集:サンデー編集部は男性が多いんですが、江火野さん好きが多いですよ。
峰浪:以前の担当二人も男性だったんですが、江火野さんが1番好きでしたね。
──男性としては江火野さんにグッと来る何かがあるんでしょうか。
峰浪:単純に付き合うなら江火野さんが良いんじゃないんですかね。指宿くん面倒くさいタイプの子だし(笑)
──その面倒くささがまた良いというか。
峰浪:だから指宿くん側の立場になって考えた時に、女性としたら指宿くんを応援したくなるのかもしれませんね。タロウの側で見てたら、江火野さんが良いと思っても全然不思議じゃないかなと思います。
──指宿くんはポンコツ具合が良いですよね。特に恋愛方面に関しての。7巻の林間学校の男子部屋でのお泊り回とか。お泊りするとパニクるのかもしれませんが。
峰浪:指宿くんは性の匂いがチラつくと明らかに動揺しますね(笑)。
──他のヒロインに比べても、性の匂いがチラつくシーンが多い印象です。
峰浪:江火野さんとかはやっぱり、爽やかなんですよね。指宿くんはちょっと湿っぽいのかもしれません(笑)。
──江火野さんと指宿くんの違いという意味では、それぞれ違う「強さ」を持っていたと感じます。江火野さんは分かりやすい強さだったと思いますが、一番強かったのは実は指宿くんだったんじゃないでしょうか。みんなが幸せになるためにどうするかを考えて、正しいかどうかはさておき、自分を犠牲にするという選択肢を取れる強さがあったというか。
峰浪:確かに強さでもありますが、ある意味では逃げだったかなと。全部投げ出して逃げたい、という気持ちもあったと思います。
──確かに、終盤はタロウの側を離れようとしていますからね。
峰浪:ラストの描き方もギリギリまでどうしようって感じでしたね……。
担当編集:そうですね……毎週毎週変わってましたよね。
峰浪:プロットはこうなります、って出すけどネームは全然違うものを送ってるというか(笑)。
──その全然違ったネームを送られてきた時、編集としてちょっと困ったりしませんでしたか?
担当編集:いえ、絶対そっちの方が良いというネームが送られてきたので、これでいきましょう! ってお伝えしてましたね。
©峰浪りょう/小学館